「警察には?」 「交通事故に過ぎない話でしょ。それに思い当たる人はいたけれど、彼自身が 現在、消息不明だよ。彼が消えてからは何も起こらないから、そうなんだろう なって見当を付けて、思うだけ」 楓は薄い笑みを見せている。悲しいのか、諦めているのか量りかねる笑みだ。 「あの人だけは怖かった。ああいうのを異常者って言うんだよ。あれに比べた ら、他の人達なんて、大したことなかった」 「一体、何があったんだ?」 楓は小さく首を振った。まるで振り払うかのように。 「たぶん、彼はもういないから、それでいい。思い出したくもない」 「死んだという確証はあるのか? 間違いないのか?」 父親の矢継ぎ早の質問に楓は息を吐く。 「話したくないものは絶対、話さない」 ゆっくりと吐き出したその声に、麻木は追求は出来ないと悟る。断固たる決意 は揺るがない。例え、現在の精神状態下でも楓のそれは変わらないと諦めた。 そんな麻木の沈黙に楓は低く答えた。 「彼女も幻なら、もう何も構わない。幻なら僕のせいで殺されることはないん だから、気楽だよね。お父さんは僕が殺されることを恐れているようだけど、 僕は自分が殺されたって、犯人を恨むかどうかもわからない。だって。彼女が 幻で、お父さんにも信じてもらえないのなら、この世にいたって仕方がない」 「楓」 「お父さんは信じてくれると思っていた。お父さんがお父さんにだけ話せって 言ったんだから、お父さんだけは頷いてくれるものだと信じていたのに」 「楓」 楓は小さな食卓を見下ろした。血の気の失せた枯れ木のような顔にはわずかな 夢や希望もないようで、麻木はぞっとする。 「そのままにしておいて。後で片付けるから」 席を立つ楓の腕を麻木はとっさに掴み、だが、うまい言葉など持ち合わせては いない。麻木が無言でいる間に楓の方が予想もしない言葉を放った。 「僕って、お父さんの人生で最悪の貧乏くじだよね。とんだおまけだ」 麻木は身じろぐことも出来なかった。掴んだこの手を今、放すべきではないと わかっているのに、掴んだ手に力を入れ続けることは出来なかった。 おまけ? |