赤と白の格子のテーブルクロスが掛けられた食卓には楓の作ってくれた料理が 半分近く残されていた。二人は極端に静かな、だが、十分に楽しい食事の最中 にいたはずだ。白い皿の上に目をやる。麻木は楓の作る白身魚のソテーが好き で、今夜も希望を聞かれ、それを頼んだ。他の物だって作れるのにと楓が苦笑 したことも、楽しげにスライスアーモンドを炒めてソースを作っていた様子も 鮮明に覚えている。つい先刻のことなのだ。忘れるはずがなかった。しかし、 それにも関わらず、そんな楓の幸せそうな表情は麻木の記憶の中で、見る見る 色褪せ、遠い記憶の彼方へ走り去ろうとしている。 オレのせいだ。 楓の静かな、それでも満ち足りていた表情を一変させ、いや、それどころか、 その質まで変えてしまったのは他の誰でもない、麻木自身だ。優しい楓を一瞬 の内に凍り付かせ、手酷いダメージを与えてしまったのは麻木の心ない仕打ち そのものなのだ。 そうだ。オレが悪い。端から全く信じてやらなかった。あんな約束させたくせ に。 約束させたからには当然、麻木には何が何でも、信じてやる義務があったはず だ。 それをオレはしなかった。反故にしてしまった。信じているふりくらいはする べきだったのに。あいつはあんな昔の約束を覚えていて、忠実に守って来たの に、オレはろくに話も聞こうとしなかった。 麻木は取り返しのつかない失敗をしたのだ。とは言え、麻木には今、歯噛みを するくらいしか悔しさをなだめる術もない。 楓に見えるもの。楓に聞こえるもの。それは麻木にも、恐らくは他の誰にも 見えず、聞こえない、ありもしないものだ。だからこそ、現実には妄想に過ぎ ないことだが、それが見え、聞こえる楓にとっては現実そのものだ。ストレス に蝕まれ、失調した神経が垣間見る幻を現実と信じ込み、思い悩む楓が哀れで ならなかった。あんな利口な人間が妄想に取り憑かれ、苦しむ現実が痛ましく 不憫でならなかった。楓の言う不可解な事故死を遂げた女性達の話すら、事実 か否かはわからない。嘘を言っているふうではなかったが、しかし、現実では ないはずだ。いくら特別と呼べるようなレベルの変質者であっても、楓の恋人 だった、それだけの理由で二人もの人間を殺すわけがない。大体、そんなこと をして、世間に知れないはずがなかった。 必ず、誰かの口に登る。 そして、風評は千里を駆けて、悪事は露見し、警察沙汰となる。それが常なの だ。まして、有名歌手の周辺で起きたことなのだ。マスコミのネタにされない はずがない。しつこい電話攻勢とか、盗み撮り、模倣した人形といったレベル のことではない。人の命に関わることなのだ。麻木はため息を吐いた。 嘘なんかじゃない。事実じゃないだけ、だ。 呪文のようにそう呟いた。 |