楓の神経のダメージは見かけの頭の良さからは量れない。一大事だと承知する ものの、実際、麻木は今、楓の神経の具合だけを心配してもいられなかった。 楓が洩らした一言。自らを称したあの一言が全てを表しているのではないか? おまけ。 カホという名の付いた箱に入った状態で、麻木の元へやって来た。そんな自分 を知っているからこそ、口を突いて出た表現なのではないか? 知らなければ 当然、そんな揶揄を、ましてや、自分に使いはしない。 だが、一体、どうして? どこで、どうやって、知ったんだ? 自分に問い掛け、麻木の頭に浮かんだ回答は一つきりだった。当事者は常に、 もう一人、存在する。 まさか。 身体を走る身震いを堪え、麻木は楓を捜して、彼の寝室に行き着いた。鍵は 掛けられておらず、麻木は内心、ホッとする。それはささやかながら、それで も、完璧な拒絶にまでは至っていないと信じ得る証になりそうだったからだ。 楓は床に紙切れをひき散らかし、一心に何かを捜している様子だった。見覚え のある紙。昔、日記代わりに描いていたあの、スケッチだ。 そんなの、取っていたんだ。 楓がそんな古い、しかも、日常生活に何の益ももたらさないだろうスケッチを 自ら保存し、自分一人の家に持ち込んでいたことに軽い驚きを覚える。奇妙な スケッチ画はそこら中に散らばって、麻木を見上げていた。古い人形。ウサギ にフライパン。麻木にはいつもなぜ、楓がそれを描くのか、一体、どこを見て 描いているのか、さっぱり理解出来なかった絵達。 「何?」 素っ気なかった。 「どうして、あんな言い方を?」 緊張している。少しでも気を緩めると、声は震え出しそうだった。 「お母さんと結婚したら僕が付いて来た、それだけの話だからでしょ?」 麻木は息を呑み、それでも出来るだけ平静を装う。 「何か、勘違いしているんじゃないのか? オレはカホが妊娠していることは 知っていた。当然だろう。オレが父親なんだから。それが何でおまけになるん だ?」 「あいにく、僕は知っているよ。お父さんより一つか、二つ余計に知っている くらいかも知れない。それに、どう考えてみても、お父さんが順番を守らない はずがない。そういうことは非常に気にする人だものね」 麻木は楓の苛ついた嫌味に構っていられなかった。 「どこで、どうやって知ったと?」 「父親の家の者だって人が来たから」 「いつ?」 「二十一の時かな」 二十一。 驚愕する数字だった。十五年も前。つまり、楓は十五年間も、素知らぬふりを し通して来たことになる。 「何をしに?」 「曾祖父が会いたがっているって。そう言いに来た」 「会ったのか?」 「会わないよ。会う必要がなかったもの」 楓はようやく顔を上げ、麻木を見た。 「もう、どうでもいいことでしょ」 「捨て鉢にならんでくれ」 |