短縮された過去を振り返る時、麻木は逆説的にもう自分の人生には先がない のだと肌身に感じ取る。そして、そんな心細さを薄めることが出来るのは楓の 存在だけだった。楓には温かで明るい未来がたっぷりと残っている。そう思う と、自らのただ老いるばかりのこれから先にもそれなりの味わいがあり、満足 して死んで行けるのだろうと安心すら出来た。だが、今になって、楓の実父も その安心を求めているのではないか。今、求められたら楓は応じてしまわない だろうか。十五年間、楓は事実を知っていながら当たり前のように麻木の傍に いた。それは麻木が何があっても自分を信じてくれると確信していたからだ。 だが、オレはその信頼を踏み躙ってしまった。 楓が麻木に失望したのは明らかだ。もしも、こんな時に出会ってしまったら。 母親が好きになるような男なら、その息子とて、あっさり馴染めるのではない か? ふと我に返り、あまりのおぞましさに身震いする。 オレは何て、次元の低い心配をしているんだ? 「何をなさっているんですか?」 ふいに背後から掛けられた声にぎくりとして、振り向いた先には小鷺の穏やか な笑顔があった。人の良さそうな笑みが寒波の中でも街灯に映え、そこだけは 暖かそうにも見えた。 「いや。別に」 言葉を濁すしかない麻木に小鷺は微笑む。 「張り込みってやつかなって期待して、声、掛けたんですけれど」 彼は少しばかり酒を飲み、それで機嫌が良いらしい。僅かに酒気を帯びた息が 白かった。 「張り込みって、何でオレの仕事を知っているんだ?」 「以前、小岩井さんから聞きましたよ。ふふっ。実は僕、昔のクラスメイトが 一人、刑事になっていましてね。だけど、ケンカ別れして、普段の付き合いが ないものだから、正味、刑事さんを見るの、初めてで。何か、嬉しくって」 彼は本当に嬉しそうだった。妙にうきうきと浮き立っているらしい。 「ただの公務員なんだぞ」 羨望の眼差しにしか見えない小鷺の目の輝きに驚き、こそばゆくなって麻木は 慌てて、早口にそう断った。実際、麻木は冴えないどころか、つい、最近まで 税金を食い潰す泥棒公務員の一人だったのだ。テレビのヒーロー然とした刑事 を連想されても気恥ずかしいばかりだ。 だが、小鷺は失望した様子は見せなかった。 「ああ、僕も公務員ですから。こう見えても教師なんですよ」 小鷺は麻木の目が正直にも、ぎょろりと動くのを面白く観察していたようだ。 楽しそうな、そして、照れ臭そうな笑みを見せる。 「意外でしょ? これでも、女子校の先生なんですよ、僕」 麻木は改めて小鷺を眺めた。言われる通り、教師には見えない。歳の頃は三十 二、三歳。背も楓ほどではないが百七十四、五あるだろう。つややかな雛人形 のような品もある、なかなかのハンサムだ。その上、身なりも良く、その趣味 も良い。小娘にもてないはずがなかった。 「さぞかしもてるんだろうな」 「ええ」 小鷺は悪のりするように大きく頷いて見せた。 「毎年、新入生には一月ほど」 |