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 時は流れている。あたかも水が流れるが如くに。しかし、水の流れとは様々
で、速い流れもあれば、緩やかな流れもある。決して、均一なものではない。
それに比べ、時の流れ方は絶対のワンパターンであり、例外など有り得ない。
結果、誰もが間違いなく同じ流れの中に身を置いていると、誰とでもそう共感
出来るものだ。
そうだ。誰とでも共感出来る、こいつ以外となら。
楓だけが異なっている。麻木にはどうしても、そう感じられてならなかった。
具体的に言うならば、楓だけがもっと、もっとゆっくりと流れる大河に一人、
漂っていて、そこから気忙しく流れる支流達の様子を眺めているようなのだ。
まるで他人事なんだ。
下の次元で起こる万象には興味もないような。
だから、自分の知人ばかりが四人も惨殺されているのに、楓は涼しい顔をして
いられるのではないか?
馬鹿な。
自分の愚かな思い付きに気付き、麻木は息を呑み、振り切るように首を振る。
一分間は六十秒。一時間は六十分。
誰の身の上にも間違いなく、同じ速さで流れているんだ。もし、例外があると
すれば。
麻木は自分の発想に愕然とする。
馬鹿な。それじゃ、本物の化け物じゃないか? くだらない。つまらない冗談
だ。
自らに強く毒突く。楓はやや風変わりな一面を持つ、それだけのことで、田岡
の言う麻木 楓霊能力者説は生まれた。そこには特段の科学的根拠があるわけ
ではない。楓の仕事上の神秘的とも言える雰囲気と、若い世代特有の怖いもの
好きな気質が相まって、そんな御伽噺が生じただけのことだろう。だが、麻木
にはそんな噂話が生じる根源に思い当たる節がないわけでもなかった。
だが、あれくらい、正常の範囲内だ。
そう自分に言い聞かせ、自分を丸め込んでいるだけだと麻木は未だ、気付いて
いなかった。

 確かに幼い頃、楓には他の子供にはない類の、特段の勘があった。見ように
よってはそれ故に非常に変わった子供だったのかも知れない。
大体、出来が良過ぎたんだよな。
子供のくせに決して無理なわがままを言わず、無茶もしなかった。子供らしい
仕草で遊んでいる姿を見ていながらでさえ、ふと麻木はこの子は子供のふりを
しているのではないかと疑った。それほどまでの冷静さを幼い楓は持っていた
のだ。
それなのに。
 とことん利口で大人びた子供がしかし、時々、様子の見えない理由に怯え、
泣き出すことがあった。間近にいるにも関わらず、麻木にはいつも息子が何を
恐れ、泣くのか、さっぱりわからなかった。わけもわからないまま、それでも
抱き上げ、抱き締めてやれば大抵、すぐに楓は泣きやむことが出来た。そんな
様子を見て兄嫁は一緒にいる時間が短い父親の歓心を買いたくて起こす、幼児
期特有のヒステリーだろうと分析してくれたが、麻木は賛同出来なかった。
演技じゃない。
そう確信していた。
だって、子供があんな小芝居をするはずがない。
泣きじゃくる楓はブルブルと震え、その小さな身体は冷たくなっていた。抱き
上げてやると、渾身の力で麻木にぎゅっと抱き付いて来たのだ。
まるで溺れかけた子供のような。
 死ぬかも知れない。そんな恐怖を感じ、それでも寸前で救助され、ようやく
家族に再会出来た子供のようなしがみつき様だった。抱き上げる度、いつでも
麻木の腕にも胸にも、その必死さが伝わって来た。
あの怯え方は尋常じゃなかった。
麻木に抱えられて次第に落ち着きを取り戻し、くたびれ果てた様子で眠る楓を
麻木はすぐには手放せず、そのまま、しばらく抱いていてやるのが常だった。
そうせずにはいられないほど小さな楓は怯えて父親に助けを求めていたのだ。
 面妖だとは思っていた。麻木に楓が泣く原因が見えないように、楓自身にも
自身が泣く理由がわかっていなかった。利口であるにも関わらず、なぜ自分が
怯え、泣くのか、それだけは何度聞いても、確かな答えを返せなかったのだ。
だが。
断じて、留守がちの父親にかまって欲しいだけの嘘や芝居ではなかった。

 

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