「ね、是非、飲んで行って下さいよ。パピを捕まえて貰った時のお礼を兼ねて なら、コーヒー一杯って、ちょうどいいくらいでしょ」 「そうだな」 小鷺の人懐こい笑みに釣り込まれ、麻木はつい、承諾して、それでも、職業柄 か、ちらと考える。彼はまともな一市民であり、楓の隣人だ。後々、困るよう な事態にはなり得まい。ならば、きっと、これくらいは取り立てて悔やむほど の失敗ではないはずだ。そう考え、麻木は気楽になって、ようやく小鷺の両手 を塞いでいる二つの箱と三つの紙袋を気に止めた。随分、賑々しく包装された 大荷物だ。 「えらい大荷物なんだな」 「ええ。ちょうど学期末と僕の誕生日が重なるもので。毎年のことなんですが ね」 「タクシーに乗ればよかったんじゃないのか、その量なら」 「量的にはそうですね。ただ幸か不幸か、すぐそこなんですよね、僕の実家。 近すぎて、ひんしゅく買うのも嫌だなと思って。酔い醒ましも兼ねてならいい かなって思ったけど、考えが甘かった。いささか寒すぎますよね、今夜は」 小鷺が歩いて来た方向、すぐそこと言えば、閑静な高級住宅地だ。麻木にも、 十分、その一帯の豊かさは想像が付いた。 「大金持ちじゃないか」 「僕のお金じゃありませんから。ま、もっとも、あんな分不相応なマンション に住んどいて、親は関係ないなんて、嘘は言えませんよね。部屋代は貰ってる って明白ですもんね。恥ずかしいです」 きっとミーヤがあそこに住んでいなければ、小鷺は自分の収入に相応しい所に 住んでいたのだろう。 好きになった相手が同性だったってだけで、まともなんだ、この男。 麻木と小鷺は連れ立って、マンションへと歩いていた。そのアプローチまで 差しかかった所で、ふいに暗がりから声が掛けられた。 「坊ちゃん」 小鷺が条件反射のようにはたと足を止め、それにつられて麻木も立ち止まる。 麻木には小鷺が掛けられた声に聞き覚えがあって立ち止まったのか、それとも 坊ちゃんという単語に反応しただけなのかはわからない。実際、そんなことは どうでもよかった。小鷺が本物のお坊ちゃんだと実感する、それ以上の驚きで いっぱいだったのだ。 嘘だろ? 呼び掛けられるその時まで、そこに誰か、人が立っているなどとは全く想像も しなかった。パピのような小さな身体ではない。百九十センチはあるだろう、 特別、大柄な、しかも重そうな、分厚い身体に気付かないなど思いも付かない 失態だった。黒いコートを着たくらいのことで、そんな身体をすぐ近くのその 暗がりに容易に隠すことが出来るはずはない。ましてや今、麻木は刑事である 以前に楓のことで周囲には過敏になっているのだ。それを何の存在感もなく、 暗がりの一部分として大男が潜んでいたことに驚愕せざるを得なかった。 しかし、茫然とする麻木の隣にいて、小鷺はごく気安かった。 「何?」 男は四十にも見える。その彼に小鷺は気軽にそう聞いた。男を見上げる両目は くつろいでいて、何の警戒も見て取れない。よほど親しい間柄なのだろう。 |