「これを。母が坊ちゃんにと」 男は小鷺に白いビニール袋を差し出した。両手が塞がっている小鷺は苦心して 右手を空け、その袋を受け取ったものの、予想しない重さだったようだ。ふと 顔をしかめ、傍らにいた麻木も小鷺の右腕が重さに耐えかね、大きくしなるの を見咎めた。 「これ、一体、何が入っているのかな?」 「さあ。僕は柑橘類は見ても区別が付きませんから」 「じゃあ、ミカンやかぼすじゃないってことだね。あれ、すだちもわかんない か」 小鷺は重くて仕方なさげなくせに軽口を叩く。機嫌は良いのだろう。 「ごちそうさま。皆さんによろしく言っておいてね。その内、遊びに来てよ」 「はい」 男は自分の用事を済ますと、ろくな挨拶もせずに踵を返したが、すぐに小鷺が 呼び止めた。 「大沢さん」 振り向いた男は無表情で一見、鈍そうにも見える。だが、麻木にはそうも割り 切れなかった。男の太い首は明らかにトレーニングを積んだ結果に見える。楓 や小鷺の見栄えが良いだけの細い首とは異なっていた。体重こそ重量級だが、 動きそのものは楓達より、敏捷なくらいなのではないか? 「ね、達君はどうしているの? 元気にしている?」 「はい。喋る以外は出来ますから」 喋る以外は出来る? 麻木にはその状態がとっさにイメージ出来なかった。単に障害の有無を指して いるわけではない。そう直感したからだ。 「確か、別荘か何かの管理人さんになったって、そう言っていたよね。達君も 是非、遊びに来るように言っておいて」 「はい」 頷き、それきりで立ち去ろうとする大沢の背中に向かって、小鷺は大きな声を 掛けた。 「どうもありがとう。またね」 随分、甘えた口調だと思う。察するに小鷺の方が立場が上で、付き合いは長い ようだ。しかし、そういう付き合いとは一体、どんなものなのだろう? 大沢 は聞いてもいないような調子で歩き去り、小鷺は仕方なさげにため息を吐く。 「大沢さんって、悪い人じゃないんですけれど、気は遣ってくれないんですよ ね。こういうの、一袋も貰ってもねぇ。おまけに運べないって、この状況じゃ 」 そうだろう。彼の両手は塞がっていて、新しい袋も中身がミカンでは重いはず だ。 「一つくらい持ってやるよ」 小鷺はギョッとした顔で麻木を見た。 「いや。そんな。持ってって、別に催促したわけじゃないんですよ。大沢さん に運んで欲しかったのは事実ですけど」 「砂糖一杯分だ」 そうボソリと吐き出した麻木のしかめっ面を不安そうにじっと見つめ、小鷺は 初めて、それが麻木の地顔だと気付いたらしい安堵の笑みを見せた。どうやら 彼を取り巻く者達の中には彼に愛想笑いを見せない者などいなかったようだ。 「じゃ、お願いします。この細長い箱を取って貰えますか。これがかさばって 持ち難いんです」 「ああ」 頷いて、麻木は美しく包装された、見るからに誕生日祝いらしい箱を小鷺の脇 から引き抜いてやる。それは見かけより、ずっと軽く、小鷺の遠慮だろうと気 付かせた。 「もう一つ」 麻木が右手を差し出すと、小鷺は微笑んだ。 「その手は取っておいて下さい。二人とも、こんなじゃ、ドアが開けられない から」 もっともだった。 |