小鷺の部屋、それは麻木には意外なものに見えた。彼の印象から健康的な、 飾り気のない部屋を想像していたのだが、実際には対立する強い色を駆使した モダンなもので、楓の砂や土や葉の色しかない、あっさりとした部屋にはない 計算が施されている。およそ、彼のイメージとは程遠い、黒を基調とした内向 的な部屋だった。黒いコルク床と黒い家具。とは言え、朝倉の安っぽいそれと はまるで異なる、単価の高そうな黒ばかりだ。あまりにも質感が違うから麻木 にすら、その差がはっきりと見えた。 大違いだよな。桁が幾つも違いそうだ。 それに小鷺の部屋にはもう二つ、色が使われている。鮮やかな青と同程度の黄 色。こんな大胆な配色のなされた空間に暮らす人間が本当にいるのだと麻木は 内心、驚きながら高価そうな照明機器に目をやった。室内には青い傘のライト が大小取り混ぜて三つ、配置され、黒いサイドボード上には青い壺。四つか、 五つはあるだう。それらと対立させるようにソファとブラインドにはカナリア のような黄色が選ばれている。壁はさすがにごく淡く薄めた卵色で、青と黄色 の花々が咲き乱れる絵が掛けられていた。その絵とそっくり同じ色柄の派手な クッションが並べられたソファを麻木は勧められた。金持ちというのはなぜ、 使いもしないクッションを並べ立てるのだろう。麻木はそんなことをぼんやり と考えていた。正直、こんな部屋ではまともな考え事は出来そうになかった。 色に呑み込まれてしまいそうだ。 こんな所で考え事が出来るようになるには恐らく、麻木の残りの人生では足り ないだろう。 とても慣れそうにない。 しかし、それはただ、生まれ育った環境に因る差なのか、それとも生まれつき の好みに因る差なのか。はたと考える。 楓だったら、一年かけて研究するテーマになりそうだな。 「変でしょ」 小鷺は自らそう言った。 「慣れるのに時間がかかるって姉に言われます。妹には気味が悪いって」 大した色彩感覚だとは思う。だが、間接照明でほのかに薄明るく照らしてある からか、当初よりは慣れて来たような気もする。 住みたいとは思えないが。 それに。 気にかかることもある。身の周りに特定の色を集めたがる人間は結構いるもの だが、こうまで完璧に同一の色にこだわる者は少ないのではないか。青とか、 黄色と一口で言うのは容易い。だが、どちらも世の中には数え切れないほど、 同一の名前を持つたくさんの種類がある。だから、色には番号が付いているの だ。それにも関わらず、ここにはどちらも完全に一種類ずつ、しかなかった。 普通はもう少し、青、黄色の中にばらつきがあるもんなんじゃないのか? この執着は彼の経済力が成せる、ただの贅沢なのか。それとも異常と呼ぶべき 性質の成果なのか、麻木は判断しかねていた。楓の隣人が少しでも変わった性 癖を持っていては困る。危険が増してしまうのではないか。そう恐れ、すぐに 考え直した。 いや、待てよ。逆に言うなら、こいつは安全な、良い隣人なんじゃないか。 麻木はそう思い直した。この強度の執着心を持って小鷺が見ているのは六階の 住人、ただ一人きりなのだ。楓に関心を持つ余地など、全く考えられないはず だ。麻木はそう考え、安堵しながら、小さなため息を吐いていた。 オレは楓にとって都合が良ければ、どんな異常者でもいいと思っているんじゃ ないのかな、本当は。 「僕はね、この黄色が一番好きなんですよ。それで、それを引き立ててくれる このブルーが二番目で、二色とも引き立ててくれる黒が三番目に好きです」 |