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「人格の形成を左右するものかね? 例えば、親が留守がちだとか、そういう
ことは」
「全く関係がないとは言えませんね」
小鷺はコーヒーカップを口元へ運び、一口飲んでセンターテーブルに戻した。
ガラスの天板に間接照明の黄色い光が幾つも浮かんでいる。それを見、麻木の
頭の中で警笛を鳴らし続けるあの黄色い光が一瞬、閃いて、その残像が両瞼に
蘇る。
そうだ。オレはこんな所で悠長にコーヒーなんぞを飲んでいたいわけじゃない
んだ。だけど。
実際、麻木は辛かったのだ。息子よりも年若い男にまで相談しようと思い付く
ほど苛まれ、苦しんでもいた。田岡に話した時にはまだ、答えまでは期待して
いなかったように思う。だが、今は是が非でも、何らかの答えが欲しかった。
的を得た答えで少しでも、自分を心安らげるエリアへ導き出して欲しかった。
一刻も早く、少しでも気が楽になるように。何とかして欲しいと切実に願って
いるのだ。
「そうですね。親御さんが常時、傍にいないってことは必然的にスキンシップ
が少ないってことですからね。どんなふうにして愛情を相手に伝えればいいの
か、お手本を見せて貰う機会が少ないってことだからやはり、影響はあります
ね。だって、サンプルなしには真似が出来ないでしょ。人間の愛情表現の基本
って言うか、最初はやはり見よう見真似でしょうからね、見たことがないこと
をするのは簡単なことじゃないですよ、実際」
小鷺は少し間を取り、慎重な口ぶりで続けた。
「だけど、家計の多少と人間性とはあんまり関係がないようですね。ある意味
では両親の人間性すら、無縁のようなふしさえ、ある。生まれつきとしか言い
ようのない面がありますよ、人間には。誰にでも」
小鷺は麻木の沈黙を穏やかに見守っている。坊ちゃん育ちの彼には案外、年齢
以上の濃い経験があるのかも知れない。どうやら彼は侮れない男でもあるよう
だった。
「僕で良かったら、何でも仰ってみて下さい。話している内に答えが見つかる
ってこと、あるでしょう?」
もっともだ。答えは自分にしか見つけられないものだ。ただ、そこに至るまで
には出来るなら、誰かのサポートを得たい。介添えがあればより早く、しかも
安らかな気持ちで試練に耐え、目的地に辿り着けるはずだ。麻木は意を決し、
頷いた。
「この頃、息子の気持ちが全くわからないんだ。いや、もしかすると。端から
何も、わかっていなかっただけなのかも知れない」
小鷺は僅かばかり、眉を顰め、慎重に聞いて来た。
「それは、親子の間で会話が成立しなくなったという意味ですか、それとも、
会話そのものがなくなったという意味ですか? あなたに相談しなくなったと
いう意味で?」
彼はわかり難いほど遠回しに聞いて来る。
「例えば。あなたが息子さんの考えについて行けなくなったとか、息子さんが
あなたには何も話してくれなくなったとか」
「オレには何も言わないんだ。元々、そうだったのかも知れないが、この頃は
特に」
「親子だからって何もかも報告し合う家族なんて、希だと思いますよ」
「だが、言わなきゃならないことは言うだろう? 相談しなきゃならないこと
は当然、言うだろう?」
意外なことに小鷺は同意しなかった。彼はふいに寂しい表情を見せたのだ。

 

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