「親から見て、子供に言って欲しい、相談して欲しいって思うことは大抵、子 供にとっては親には言いたくない、親にだけは知られたくないことなんですよ ね。何とかして知られずに自分で解決したいって、例え、小学生でも思うもの ですよ。ひらたく言えば、その。いじめとか」 小鷺の声は暗いものに変わっていた。 「やはり、顕著な例としてはいじめでしょうね。子供が親に言い難いことって 言えば。親に泣きつく子なんて、めったにいません」 麻木は小鷺の暗い顔を見据えた。どう見ても麻木の相談故のものではないよう に見える。 「あんたのクラスにも、あるのかね?」 「女の子ばかりですからね。男の僕には介入出来ません。却って感情的になる こともありますし」 一理ある。ハンサムな彼が肩を持つことで、話がややこしくもなるのだろう。 「でも。僕が思い出したのは別の、ずっと昔のことです」 小鷺は絞り出すように息を吐いた。 「昔、僕の友人もいじめられて、自殺したんです。僕とミーヤのヴァイオリン の先生の末娘で。僕達は三人、同い年で仲が良かった。まいちゃん、と呼んで も、いいですよね、ずっとそう呼んでいましたから」 小鷺はまず、小さく息を継いだ。 「まいちゃんは三人姉妹の末っ子で、のんきな甘えん坊でした。その日一日に あったことは全て、両親と姉達に報告していましたし、家族も彼女の他愛無い お喋りを聞くのは楽しみだったんでしょう。家族は仲が良くて、とても上手く いっていた。円滑と言って差し支えなかったと思う。当然、皆、彼女のことは 全て、何もかも把握している、知っていると信じていたんです。それなのに。 まさか、あんなに可愛いまいちゃんが死ななきゃならないほど、いじめられて いたなんて。そんなこと、誰一人、考えもしなかった。楽しい毎日が、あんな 形で終わることになるなんて」 小鷺は目を潤ませていた。麻木にも、その日が昨日と同じように鮮明に甦って いるのだと推察出来る。麻木が楓の生まれた夜を、カホが一人、死んでいた朝 を忘れられないように、小鷺もその日を忘れられないのだ。 「彼女はまだ十八だった。せめて、もう三日、生きていてくれたら十九になる って日に飛び降りたんです。その日は、彼女の十九歳の誕生日には僕達、海に 行く約束をしていたのに。何も言わずに。それでも彼女、寸前にミーヤの所に 電話したらしいんです。ミーヤは留守だったけど、それでも虫が知らせたんで しょうね。突然、まいちゃんに会いに行こうって電話して来て、二人で彼女の お宅に向かう途中だった。信じられなかった」 小鷺は声を詰まらせ、小さな震えを止められずにいる。心の傷が癒せないのは ミーヤばかりではない。彼とて同じなのだ。 「彼女の通学路だった、いつも三人で何をするでもなくぶらぶらして、お喋り していた道沿いのマンションのガレージに人だかりが出来ていて。内の誰かが 『あれはまいちゃんじゃないのか、服に見覚えがある』って、言っているのが 聞こえたんです」 小鷺の心はその時に戻っているようだった。虚ろに、しかし、涙で光る目は ここではない、どこかを見ているようだ。 「確かにまいちゃんのお気に入りの服だった。彼女らしい、明るくて、可愛い 服。まいちゃんは死ぬためにわざわざ、あのお気に入りの服を選んで、着たの かな。でも、どうしても信じられなかった。彼女のお母さんが縫った服だって 知っていても、スーパーで何十着と売っている服であって、まいちゃんの物だ とは思いたくなかった」 |