義姉の棘のある言い様をまち子は気付かないふりと言う、古典的なやり方で やり過ごすつもりならしく、殊更ににこやかに笑い、そして喋り続ける。 「それより、わざわざお水を買って来て下さって、助かりましたわ。あたし、 そんなところにまで気が回らなくて」 「あら、当然でしょ。お宅じゃ、出す必要がない物なんだから。いくらあなた が接客のプロでも、店に関係のないことにまで気を回して貰っては、心苦しい ばかりだわ」 節子は嫌味口調を改めない。いや、むしろ加速して行くようだった。 「その点、わたしは素人で、全く気が利かないけれど、甥っ子の好みくらいは 覚えているわ。身内のことだもの、忘れようがないでしょう」 変だ。 節子は普段、決して、いけ好かない女ではない。むしろ、人好きのする、評判 の良い女だった。そんな節子がなぜ、まち子にだけ、あからさまな嫌味を言う のだろう? まち子に比べれば、器量は十人並みと言うことになる。しかし、 白くふっくらとして、表情が豊かな節子を人は誰でも可愛い人だと評価する。 何より、義姉は人一倍の働き者で、不平はこぼさず、裏表もなかった。正直、 麻木は彼女を悪く言う人間を未だ、誰一人として見たことがないし、悪い噂話 一つ、耳にしたこともない。そんな節子がどうして、まち子にだけ辛く当たる のか、麻木には見当も付かない謎なのだった。 どう見ても、節子はまち子に好意を持っていない。それは明白だが、原因は わからないまま、現在に至っている。とにかく節子はまち子が嫌いで、親しく なる気などさらっさらないらしく、その上、彼女のまち子嫌いは年々、悪化の 一途を辿っているようだった。一方、兄はと言えば、愛妻の態度を諫める気は ないらしく、今日もいつもと同じように知らんぷりでいる。 おかしな光景、なんだよな。 常識的な守が節子の態度を諌めない、注意を払わない。それ自体、彼らしくも ないおかしな状態なのだが、麻木は未だ、何一つ、感知出来なかった。ただ、 楓のために商売気抜きで支度に努めてくれたまち子が、よりにもよって自分の 肉親に一方的に辛い思いをさせられていることがやはり、我慢ならないと単純 に憤った。楓に好き嫌いがない以上、少なくとも、まち子の怠慢故の手落ちで はないはずだ、と。 「楓には好物なんて、端から、何もないじゃないか」 そう切り出した麻木を同い年の義姉が見やった。彼女は麻木が何を言い出した のか、わからないと言うような、鈍い表情を見せていた。 「まち子の気が利くとか、利かないとかって問題じゃないし、ましてや、身内 かどうかってことでもない。好物そのものがないんだ。何出したって、結果は 同じじゃないか。水ったって、他の飲み物よりはましって、程度のものなんだ から」 節子と守は怪訝そうに顔を見合わせた。二人には麻木の言い分が理解しかねる ような、そんな様子だった。 「なぁ、おまえ、それ、本気で言っているのか?」 先に口を開いたのは兄だ。彼は不思議そうに麻木を見ている。 「冗談だろ?」 「こんなことで冗談なんて、言わないでしょ。冗談にしたって、面白くもない けど。大体、この人はイエス、ノーしか言わないんだし」 「そうだったな。だったら、おまえ、楓ちゃんの好き嫌いを知らないってこと か?」 「そんなもの、ありゃしないじゃないか」 夫婦は顔を見合わせた。 「何て、頼りない父親なのかしらねぇ」 「本当だよ。こんなんで父親だなんて。楓ちゃんも不憫だねぇ」 「ずっと辛抱し通しだったのよ、かわいそうに」 |