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「ケンカしたなんて、わざわざ知らせて来た時には心配したけど、何のことは
ない。どうせ、あなたが余計なことを言ったんでしょ」
「三十六年も育てて、好き嫌いもわからないのかね。普通、有り得ないよな、
そんなこと」
「それも一人っ子の、よ。昔みたいに七人も八人も兄弟がいれば、わかんない
こともあるかも知れないけどね」
「ていたらくもいい所だよ。そんな熱心に職務に励んでいたのかねぇ」
「本当」
「そこまで言うなら、楓の好き嫌いとやらを言ってみろよ。ありもしないもの
を」
「あら、自分の非を認めない気のようよ」
「仕方ない、教えてやろうか」
二人はにやにやと笑いながら麻木を見ている。すっかり、だらしのない父親に
勝った気でいるのだ。
「やっぱり、一番嫌いなのはバナナかな。あれは何もかも嫌いだね。見た目も
匂いも嫌ならしい」
「生のバナナは盲点よね。口に入れられないんだもの。バナナマフィンは少し
なら我慢出来る」
「あれは潰すし、焼いてしまうからな。果物だと梨と葡萄は好きだな。リンゴ
も食べられる。苺もいける」
「ミカンはあんまり得意じゃないのよね」
「そうそう。オレ達に付き合って食べるって感じだな」
二人の断定的な会話を眺めていたまち子が、とうとう切り出した。聞かずには
いられなくなったのだろう。
「あの、メロンはどうでしょう?」
「大嫌いよ」
節子がすげなく言い捨てる。
「だから、あの子、外食しないのよ。どこに行ってもデザートって言ったら、
メロンでしょ。そりゃ、うんざりするわよね」
節子は鼻先で笑った。
「その点、ここはいいわね。バナナもメロンも出ないから。だから楓ちゃんは
毎年、ここで打ち上げするのよ。安心だもの」
「刺身も揚げ物も出ないしな」
「気が利いているわよね」
「ちょっと待て。オレは知らない。第一、楓は家で好き嫌いなんか言ったこと
がない。そんな馬鹿な」
「馬鹿はあなたでしょ」
「そうだとも。おまえが血相変えて怒るから」
「人聞きの悪いことを言うな。オレは楓を叱ったことはない」
節子は高い声で笑いながら麻木を見やった。
「お馬鹿さんね。怒られるってわかりきっているから我慢してたんでしょ? 
あの子、頭がいいんだから。怒られるってわかっていることは初めから避ける
わよ」
「子供のくせに、健気に我慢していたんじゃないか。それをおまえと来たら。
まったく。怠慢な父親だよ」
「ほーんと。よくわかっていない人よね。だから、楓ちゃんを怒らせちゃうん
だわ。何を言ったのかは知らないけど」
「どうせ、おまえが悪いんだ。ちゃんと謝れよ。今日はいい機会じゃないか」
兄までもがそう言い放つと、二人は仲良く奥へと入って行った。もう二人には
楓が来るまで何も用がないのだ。
何てこった。
実は兄夫婦に仲立ちして貰って、楓との関係を修復するつもりでいた。それで
麻木はどうせ二人は例年通り参加すると知りつつ、予め電話を入れて、事態を
知らせていたのだった。

 

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