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 楓に口もきいて貰えない状態だと、麻木は兄夫婦に打ち明けていた。二人に
『会うのを楽しみにしている』とでも言って貰えば、恐らく楓もこの食事会を
キャンセルしないだろうと考えたからだ。実際、兄夫婦の口添えがなければ、
来ない可能性も考えられた。そして、もし、ここで会えなければ、今度はいつ
会えるものか、予想も出来なかったのだ。だからこそ、麻木も必死だった。
なりふりなんて、構っていられなかった。
楓を猫可愛がりしている二人ならと期待し、頼んだものの、楓と二人との絆が
そんなにまで深いものだったと思い知らされ、正直、麻木は気が遠くなりそう
だった。自分は楓の内面を把握している。そう勝手に信じ込んでいただけで、
本当は何一つ、ごく些細な好き嫌いすら知らなかったのだ。
 楓が梨や葡萄を好むとは知らなかったし、刺身が嫌いだとも知らなかった。
楓は麻木の用意した物は何でもおとなしく食べていた。だから当然、好き嫌い
はないものだと信じていた。それなのに。
つまり。父親のオレには好き嫌いが言い出せなくて、兄貴や義姉さんには何で
も言えたってことか。だったら。父親には遠慮しなくちゃならなかったけど、
伯父夫婦には気兼ねなく甘えられたってことじゃないか。
楓は自分が麻木の実子ではないと知らされたのは二十一歳の時だったと言って
いた。それにも関わらず、親子と信じているただの子供時分でさえ、麻木には
遠慮しなくてはならなかったということになる。
何でだ? 何で、オレには気兼ねしなくちゃならなかったんだ? 
「おやじさん。大丈夫っすか? 何か放心状態っすよ。意識、ありますか?」
田岡が心配そうな顔で麻木の目前で箸を振って見せる。
「ああ」
麻木は曖昧に頷いた。そうするしかなかった。
「息子の好物なんて、父親の方は知らないもんっすよ。そう気を落とさないで
下さいよ。ま、オレは父親がいないから、世間のことは知らないっすけどね」
にんまり笑った顔に浮かんだ悪意を見ると、田岡は心配ばかりしているわけで
もなさそうだ。他人事だからと適当に面白がって、からかっている節も浮いて
見える。
「だけど、この分じゃ、楓さんにはおやじさんだけが知らない秘密がまだまだ
いっぱい山のようにあるんだろうな。何たって、一人息子がメロン嫌いだって
知らないような低レベルっすからね」
「本当だわ。危うくメロンを出して、節子さんに大笑いされるところだった」
「あ。それで、あの二人は何者なんすか?」
「楓ちゃんの伯父さんとその奥さんの節子さん。守さんは旦那のお兄さんなの
よ」
「はぁあ」
田岡は軽く納得したようだ。
「そう言われて見れば、禿げ具合が似ているかな。色黒で皺っぽいとことか。
向こうの方がだいぶ感じが良いけど」
感じが悪いのはおまえだ。
麻木は腹の中で毒づくに止めた。口では到底、田岡に敵わない。
「へぇー、あの人、奥さんなんだ。何か兄妹ぽかったな。うちなんか実の兄妹
でも大して似ていないのに。歳を取ったら似て来るものなのかな、夫婦も兄妹
も」
「そうね。でも、二人は特別よ。すっごく仲が良いんだから」

 

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