あの白猫の露骨なまでの差別は彼女の好き好きから出たものとばかりも言い 切れないのかも知れない。 そうだ。 もし、あいつの、猫の態度が反対だったら。 白猫が小鷺ばかりに愛想を振れば、いっそ彼女の主人の気分を損ねてしまうの かも知れない。つまり、ミーヤは古い友人の小鷺より、従弟の方を好み、大事 にしているのだ。その真夜気が小鷺を毛嫌いしている以上、小鷺はこれから先 もずっと、真夜気が訪れる度、ミーヤの自宅から追い払われることになるのだ ろう。人生とは思うにままならないものらしい。ハンサムな御曹司であるにも 拘らず、恋においては生涯、救われそうにもないのだから。 「今日はここで楽しんでいけばいいさ。気分転換にはいつもと違う環境の方が いいんだぞ」 「そうですね。覚悟を決めます」 麻木は決然と言い放つ小鷺の表情から彼が今夜、ミーヤと真夜気の仲を忘れ、 ここ、荘六で楽しむことに決めたのだと単純に信じた。この時、彼が何を不安 に思い、何を恐れていたのか、麻木にはまるで推察出来なかったのだ。結果と して、次の来客、九鬼の顔を見る小鷺の表情からはありふれた不快感しか見て 取ることは出来なかった。 店に入って来るなり、九鬼はその一人を見咎めた。一方、その一人、小鷺の 方も、ほとんど同じに見える表情を九鬼へと投げ返している。二人は束の間、 無表情にしか見えない顔つきで見つめ合い、その後、全く同じような不快感を 顔いっぱいに浮かべたのだ。小さく舌打ちまでして、それから九鬼はそれでも 引き返すことは出来ない、だから仕方がないのだという素振りで、麻木達とは 離れた、一段高く設えられた席へ無言のまま着いた。挨拶どころか、ニコリと もしないその態度に腹に据えかねるものがあったのだろう。田岡が勢い込んで 立ち上がり、声を上げた。 「おい、何だよ、その態度は」 田岡は横柄だが、食事時に場をぶち壊すようなことはしない。それは親の躾の 一端なのだろう。田岡の母親は料理は苦手らしいが、それでも、それくらいの ことは教えているし、田岡は言いつけ通りに実行しなければ気が済まない子供 でもあるようだ。 「こんばんはの一言もないのかよ?」 軽く流してくれれば、それはそれでいいんだがな。 「いくら有名カメラマンでもな、飯時くらい、ニコニコしろよ。それが嫌なら 来るなよな。飯が不味くなるじゃないか」 「来たくて来たんじゃねぇよ。冗談じゃねぇ」 過敏な反応だと麻木は気付かなかった。普段なら恐らく、鼻先で笑う程度の 反応しか返さず、尚更、田岡を憤らせたはずだ。少なくとも、声を荒げたりは しなかったはずだろう。それが九鬼と言う男の、彼らしさと言うものだった。 「楓の奴が『今日、欠席した奴には火を付ける』って言いふれていたからな。 それで仕方なく来ただけだ。そうじゃなきゃ、誰が好き好んでこんなおでん屋 になんか来るものか」 九鬼はなぜ、興奮しているのか。麻木は彼の叫く内容のきつさに気を取られ、 そこまで気が回らなかった。 「失礼な。ここは高級店だぞ。それに楓さんがそんなことを言うわけがない」 「おまえなんぞじゃ、わからない。知らないんだよ。あいつが火を付けるって 言ったら“家”じゃなくて、“本人に”って意味だ。あいつが可愛いのは顔と 声だけで、性格と来たら凶悪だからな」 「適当なことを言うな。楓さんを侮辱しやがって」 いきり立つ田岡を九鬼はせせら笑う。 「猫かぶっているのさ。何せ、利口だからな。自分が損するようなことは絶対 にしない。だから、皆、騙されているんだ」 「失礼だなっ」 「ふん、仕事のためにノーと言えなかったオレもオレで、情けないが、それに したって。何で、てめぇがここにいるんだ?」 九鬼は田岡を見ていなかった。いきり立ち、自分に掴み掛かる勢いの田岡では なく、麻木の奥、もう一人を白い目で睨み据えているのだ。そして、更に意外 なことにその小鷺はまるで受けて立つように、すっくと立ち上がった。 |