「あんたが来るなんて知らなかったから、に決まっているだろ? 知っていた ら、何で来るものか。有り得ない」 「おまえ達、知り合いなのか?」 小鷺は小さく頷いた。機嫌の悪そうな白い顔には真夜気に対する時以上の不快 感が浮かんでいる。ミーヤの従弟である真夜気には遠慮しなくてはならない。 だが、九鬼相手にそんな必要はないと言いたげな不快感が露わとなっていた。 いっそ、憎悪かも知れない、そう感じるほどの露骨に面喰う。 「しつこい、嫌な男ですよ。十五年も前のことを根に持って、未だに___」 「待てよ。さもオレが悪いように話を作り替えるなよ。被害者はオレなんだ。 正確に言えよ。てめぇの連れの大男がいきなり殴って来て、オレが大怪我した って言うのが真相だろ」 「何を言っているんだ? その前にまず、自分がしたことを思い出せよ。何で バス停でバス待っていて、いきなりバケツで水、ぶっかけられなきゃならない んだ?」 「ガキが寄って集って大騒ぎしていたからだ。まだ十時前だったじゃねぇか」 「バス停の真ん前に住んでいて不服を言うな。静かに暮らしたけりゃ、大通り のバス停の前になんか、住まなきゃいいだろ」 「うるさいのは車じゃなくて、おまえらの馬鹿騒ぎだ。坊ちゃん学校が聞いて 呆れるぜ。ワンワン、キャンキャン馬鹿犬並みだもんな」 「常識の範疇だ。高校の前なら、ごく当たり前の騒音だ。測ってみれば、すぐ にわかることじゃないか」 「どんな世界の常識なんだか。水を掛けたくらいのことで、いきなり肘で人の 鼻、へし折るような用心棒、連れて歩いていて、常識なんて当たり前の言葉、 使うなよ。てめぇん家はヤクザなのかって話だよ。お陰でオレの鼻、こんなに 曲がっちまったじゃねぇか」 「ちゃんと治療費、払ったのに治療しなかったのはあんたの勝手だろ。それを 未だにねちねち言われちゃ迷惑だよ。大体、曲がっているのは鼻じゃなくて、 性根だろ」 「ガキャア」 店には従業員と店主がいる。だが、男である自分や田岡が止めに入ってもいい 頃合いだと麻木は気付いていなかった。何しろ、小鷺と九鬼と言う全く予想も しない顔合わせであり、意外な白熱ぶりに呆気に取られていたというのが実状 だった。だから、その仲裁の声が入った時、麻木自身がまず、ホッとした。 「もうやめたら? 外まで聞こえるよ」 言い争う二人の熱気に干渉されない穏やかな声だった。その声の主がまさか、 店の奥から出て来るとは誰一人、考えてもいなかった。 「ガラが悪い店だと思われちゃ、まち子さんが気の毒だよ。ね、まち子さん」 「そうよ。大迷惑だわ」 楓が既に来ていると知っていたまち子だけがにこやかだ。彼の存在に気付いて いなかった麻木や田岡、九鬼、小鷺はただ口を開け、驚いている。 「ま、座って。座って。軽く腹ごしらえでもしていてちょうだいな。そろそろ 皆さん、いらっしゃる頃よね」 激昂していた二人の興奮は楓が現れた瞬間に冷め切り、田岡や麻木同様、凍り 付いたように楓を見つめている。まるで信じられないという面持ちで、二人は 楓を見つめていた。 オレだって。 |