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楓はいくらか髪を切り、その色を暗い栗色に変えていた。ただそれだけのこと
なのにまるで違う人間に変わったようで、四人は同様に愕然としているのだ。
生まれ変わると言うほどには大袈裟ではなく、パソコンで言えばヴァージョン
アップと言ったところだろうか。
「何がそんなに珍しいの?」
楓は茫然と自分を見つめる皆の視線が不可解らしく、つまらなそうに言った。
「髪のこと? ドラマ用に色を変えただけなのに」
「ドラマっすか? うわぁ。久しぶりっすねぇ。いつ以来かな? 去年は一本
も出なくて、寂しかったんすよ」
ファンなだけあって、いち早く我に返った田岡が嬉しそうな声を上げる。その
間に小鷺と九鬼はこっそりと自分の席に着く。どさくさに紛れる要領で。
「ドラマってね、友岡 義人が一緒なのよ。凄いわよね」
まち子がはしゃいだ声で麻木も知る俳優の名を上げ、そのまま目尻を下げた。
「あの人、幾つになっても、本当、恰好良いわよねぇ」
 楓にとってはその人気俳優と共演するために染め直しただけなのだろうが、
九鬼すらおののくほど、楓の長所ばかりを引き立てる色だった。これまでこう
も似合う髪色はなかった。普通の人間に見せるために使った色だろうに、ます
ます楓を尋常ならざるものに変えた色。新しい楓は神秘的ですらある。こうも
人間離れした存在に見えるのは一体、何のせいだろう? 髪色のせいとばかり
も言い切れないのではないか?
「それより、楓さん、何で奥にいたんすか?」
田岡の問いに答えたのはまち子だった。
「楓ちゃんね、この近くでロケだったのよ。あたし、偶然、出会しちゃって。
楓ちゃんのコネで特別にって友岡さんにサインして貰ったの。テレビで見るの
とは違って。本当は影があるって感じの渋い大人のハンサムなのよ。まだ四十
くらいかしら。しかも独身なのよね」
人気俳優が独身でも既婚でも、まち子には関係のない話だ。麻木ははしゃいだ
まち子の話など聞き流していた。麻木の頭は楓に何と声を掛ければいいのか、
それでいっぱいなのだ。未だ怒っている。それは一目瞭然だった。濃い栗色の
前髪の下にある二つの目は白く凍ったように大して動きもせず、麻木を見よう
ともしない。厳然として楓は怒っているのだ。
「それで早く着いてたんすか」
田岡の嬉しげな声にも楓は変化せず、素っ気ないままだった。
「帰るには半端な時間だったから、奥で本読んで時間、潰してた」
「台本っすか?」
「いや。セリフは覚えてた」
「あ、そうか」
田岡は思い出したように頷いた。楓には超人的な記憶力がある。そう何度も、
同じ本に目を通す必要はなかったはずだ。
「大根のくせに、よくドラマになんか出る気になるよな」
口を挟む九鬼の毒舌に田岡の方がムッとした顔になり、楓本人はケロリとして
いる。九鬼の口調に慣れているのか、自分でも好きでドラマに出ているわけで
はないのか。
「需要があるから仕方がない」

 

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