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「いくら断っても、全部は断り切れないからね。事務所の都合もあるし」
「楓さんの記憶力を持ってすれば、セリフなんて簡単に頭に入るんでしょうね
?」
「それだけがこいつの俳優としての取り得じゃないか。何せ、すぐ使えるもん
な。即席麺みたいなもんだ」
「失礼もいい加減にしろよ。いくら有名カメラマンでも言っていいことと悪い
ことがあるだろうが」
「どの道、おまえには全く関係ない話だろ? 引っ込んでろよ、公僕が」
「何だと?」
九鬼のケンカを売っているとしか思えない言い様にも楓は眉一つ、動かさない
で、他所を向いている。自分に対する評価に関心がないのではないか。そんな
ことを考えるほど淡白な様子だ。楓らしいと言えばそれまでなのだが、それで
も今回は楓のために本人に成り代わり、憤慨する田岡のために一言返しておく
気にはなったようだった。
「何の世界でもね、一つ取り柄があればそれで十分でしょ。それだけで二つや
三つの欠点はチャラにして貰えると相場が決まっているようなものだから」
それが誰に対して放った皮肉なのか、九鬼には誰より深く理解出来たらしく、
それきり何も言わなかった。九鬼にはカメラの技術がある。結果、あんな性格
でも人は寄って来る。それは彼自身にまで周知のことらしい。
「でも。楓さんは芝居だって十分、上手っすよ」
「ありがとう」
田岡は楓が少しばかり表情を和らげたのを見て、ようやく安心した顔になり、
それでもやはり、いつもよりは早口に続けた。彼もまた楓の機嫌の悪さを感じ
取り、緊張気味なのだ。
「それで、今度はどんな役なんすか?」
楓はしらっとした顔のまま、ゆっくりと口を開いた。
「犯人の、ね」
麻木はぴくりとして、思わず背筋を固くした。楓の口から犯人と言う、極めて
直接的な言葉を聞くとは思ってもいなかったからだ。
「犯人の、知人の役だよ」
今時、しゃれにならないんじゃないのか? 
しかし、楓自身にはそんな設定にも特段の抵抗がないのか、その表情には何ら
変わりがなかった。つと楓は入り口の方へ目をやった。
「団体でやって来たか」
楓のスタッフ達もまた言い付けられた時間を厳守したようだった。

 楓のスタッフは店内どころでは到底、納まりきらず店の外、駐車場まで占拠
しての大騒ぎだ。一連の捜査の中で顔を合わせた者もいたが、彼らは皆、麻木
と田岡と言う刑事には気付かないふりでやり過ごすつもりのようだし、それは
こちらとて同じことだった。誰しも連続殺人事件の捜査に振り回され、大変な
ストレスを押し付けられて暮らしている。たまの飲み会くらい羽目を外したい
だろう。
それにしても。麻木はこっそりと嘆息する。彼らは例年の倍はいる大人数で、
例年同様に楽しんでいて、神経が太いとしか思えない。
はしゃぎ過ぎなんじゃないのか。
持ち込んだバーベキューセットや大鍋で好き勝手に料理し、好きな物を食べ、
喋って、楽しむスタッフ達。その盛り上がりぶりに適応出来ない麻木と田岡、
小鷺、九鬼までも奥の二間続きの座敷でこっそり、おとなしく食べて過ごして
いる。兄夫婦も一緒にいて、田岡や小鷺と楽しそうにしているが、二人は外の
連中の騒ぎに加われないのではなく、寒いのが嫌いなだけだ。二人は麻木には
全くわからない今の流行を良く知っていて、田岡や小鷺が驚くほど話が通じる
のだ。
「若いっすねぇ。オレのおふくろなんか、既にばあさんと化しているのに」
「うちもですよ。今時の流行なんて、全くわからないですよ」
「気合いよ、気合い。歌番組は全部、見るの。お勉強しているのよ」

 

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