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「でも、大勢の方が楽しいですし。それに今回は楓ちゃんが古いスタッフまで
呼び集めているってお話でしたから。廉君に連絡が行っていないといけないと
思いまして」
「随分、廉に気を遣ってくれるのね」
「だって、元々、廉君は楓ちゃんの事務所の弁護士さんですもの」
「長々と御丁寧に説明して下さって、ありがとう。でも、もう結構よ」
節子は嫌味たっぷりにこう続けた。
「あなたって、本当に気の利く人だこと」
さっさと座敷を降りて出て行く節子に兄も続く。
「家には頼んだって寄りつかないのにねぇ」
 部屋を出た夫婦とその一人息子とが薄明るい廊下をどんな顔で擦れ違ったの
か、麻木にはわからない。兄夫婦と一人息子との間にあるらしい溝は既に誰も
修復を望んですらいない深さにまで達している。それは麻木にも察せられた。
親子は断絶しているのだ。寂しいことだが、それでもまだ兄には義姉が、義姉
には兄がいる。仲の良い二人は生きている限り、互いの手を取り、慰め合って
行くだろう。それもまた幸いには違いない。
だが、オレはそうはいかない。楓しかいないんだ。楓にそっぽを向かれたまま
では生涯、一人きりなんだ。
「こんばんは、失礼致します」
廉はどう見ても優しい孝行息子といった風体をしている。地味だが、仕立ての
良いスーツを着込み、仕事ぶりが推察出来そうな上質な書類鞄を持っている。
胸に煌めく小さいが、目について仕方のない金ボタン。いかにも信頼されそう
な折り目正しい態度。誠実で良い人間に見える要素の全てが揃っているのに、
それでも麻木はこの甥を好きにはなれなかった。生理的に受け付けないのだと
まで思っていた。
「叔父さん。御無沙汰しております」
オウムにだって、仕込めば出来る挨拶だ。麻木にはどうしても言葉通りにこの
甥を信用することが出来なかった。
「ああ」
そう愛想なく答えるしかないのだ。
 しかし、その理由とは何だろう? 廉を嫌うに至るほどの頻繁な付き合いは
なかった。麻木はちらと甥を盗み見、考える。この折り目正しく良い服を来た
弁護士の一体、何が気に入らないのか。
そうだ。
黒縁眼鏡の向こうに隠した、意外に大きな目が不快なのかも知れない。鈍そう
な白目に針の先ほどの小さな、油のしみが浮かんでいるようなそんな気がして
ならないのだ。
「失礼します」
座敷に上がって来た廉はまず手近な所にいた田岡に軽く頭を下げた。
「麻木 廉です」
「田岡 涼です」
田岡にしては愛想は良い。それに合わせるように廉も愛想の良い声を出した。
「もしかして、刑事さんなの?」
「ええ」
「へぇー。ドラマみたいな恰好の良い刑事さんもいるんだなぁ」
調子の良い廉に合わせるように田岡は笑顔を作る。だが、その白いこわばった
顔には既に不機嫌がにじみ始めていた。
「ドラマはハンサムな刑事さんしか出て来ないものね」
「あいにくオレはドラマの刑事さんみたいなやる気はないっすよ。母が公務員
がいいって言うからなった。ただそれだけ。子供は大嫌いだから教師はダメだ
し、消防隊員は必死でやらないと自分の方が死んじゃうし。お役所仕事は刺激
が無さそうだし、仕方がないから刑事になったんす」
「でも、刑事さんの方がよっぽど危険なんじゃないのかなぁ」
「そうでもないっしょ、ね、おやじさん」
「まぁ、な」

 

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