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 話をふられて仕方なく頷き返しながら、麻木は嫌な予感を覚えていた。口元
こそ笑っているが、田岡の目は笑ってなどいない。気を悪くしているのは明白
だった。初対面の廉のお愛想に田岡はへそを曲げてしまったのだ。田岡の正直
過ぎるお粗末な作り笑いに比べれば、廉の笑顔は自然なものに見えなくもない
が、それでも麻木には信用しきれなかった。レンズの向こうの目はレンズ自体
より、はるかに冷たく見えるのだ。
「そうなんだ。なかなか憧れの職業には就けないものだよね。僕も出来れば、
ギターで食べて行けるようになりたかったんだよね。だけど、才能がなくって
ね。それで腹いせに弁護士を目指したんだ」
「へぇ〜。ギターと弁護士のどこに、どんな繋がりがあるのやら、二流の大学
をやっとこさ出たオレにはわかんないっすね。大体、興味ないもん。他人の、
それも大成功した人の話なんてね」
「いやいや。大した話じゃないんだよ。ただ、本当に自分の夢を叶えられるの
はごく少数の、特別に幸運な人だけだって、そう言いたかっただけで」
廉は真面目ぶって手を振って見せる。その素振りが余計に人を苛立たせるとは
思いもしないように。
「それに弁護士ったってピンキリでね。僕は出来が悪い方だから」
そうだろうな。点だけ取れば資格は取れるもんな。
「でも、結局、オレは弁護士だって、そう言いたいんっしょ? 自慢がしたい
んなら、表でマイク持ってやればいいんだ。そうすりゃ、皆が聞いてくれるっ
しょ?」
「そんなつもりじゃ」
膨れっ面の田岡は大して好きでもないビールを一息に飲み干し、とてもすぐに
は機嫌を変えそうもない様子だった。麻木にとってはこの上なく拙い展開なの
だが、主原因である廉はそんな扱い難い田岡からはさっさと目を離し、次いで
小鷺を見やった。そして、はて、という顔を作る。見覚えがあるのだ。田岡の
陰に隠れるように大人しく廉を見ていた小鷺もまた内気そうな笑みを返した。
「こんばんは」
小鷺はそう言って、ぺこりと頭を下げる。子供が顔見知りの大人にするような
会釈だった。
「君、確か、ほら、高田の家で会ったよね。高田の友達の、ごっつい人、何て
言ったかな」
「大沢です」
「そうだ、大沢が連れて来ていたお坊ちゃんだ。確か」
「小鷺真夫です」
「そう、そう。小鷺君だ」
廉は嬉しげな声を上げ、実際、珍しくも目まで輝かせていた。
「いやぁ。久しぶりだね。うん。覚えているよ。小鷺製薬だ。そうだ。何とか
製薬のお坊っちゃまだって高田が紹介してくれたから覚えている。何たって、
生まれて初めて見る御曹司だったからインパクトが強くてね」
二人の話が当然、丸ごと聞こえている傍らの田岡が目を丸くして小鷺を見た。
「で、君は楓ちゃんの友達でもあったんだ?」
「いいえ。マンションが同じよしみで、今日はお招き頂いて」
「へぇ。世の中、狭いって言うけど、本当だね。そうだ、あのごつい人、大沢
か、彼は今、何しているの?」
「勤務医です」
麻木は小鷺が口にした病院の名と暗がりに消え去る大沢の背中を重ね合わせて
みる。いかついがために異様にも見えたが、中身はまともなのだろう。そこは
しゃれで勤務が許されるような病院ではなかった。
「高田さんはどうなさっているんです?」
今度は小鷺が共通の知人の消息を尋ねる。
「実家を継ぐことになったって二年、いや、もう三年になるか、静岡へ帰った
よ」

 

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