「あ、ギターの」 さすがに田岡は詳しいようだ。そして、そんな目敏いファンに応えるように麦 田はおどけて見せた。 「遅刻してやって来たギタリスト、麦田文男でぇーす。よろしくぅ」 麻木にとっては一年ぶりに見る陽気な男。彼は楓のコンサートには毎回、必ず 参加するギタリストで、自身もバンドを組んで仕事をしているらしいが、詳細 までは聞かされていなかった。 「でね、ふうちゃんがそろそろ出ておいでって呼んでいるから、呼びに来た」 「ふーちゃん?」 田岡のキョトンとした顔を見て、麦田は言い直してやる。 「楓のことだよ。バンド仲間じゃ、ふうちゃんって呼んでいるんだ。楓って、 ふうとも読めるじゃん」 麦田は小学校から高校まで楓と同じ学校に通った同窓生だが、実際に二人が 親しくなったのはこの十年のことで正直、麻木は子供時分の麦田を見た覚えが 全くなかった。 ___家が遠かったんだろうが。 「九鬼っちもおいでよ。恒例のカラオケ大会、やるから」 「おまえらで勝手にやれよ」 九鬼はすげなく断るが、麦田の方も負けていなかった。 「へーんだ、一応、声掛けてみただけだよーん。さ、そこの若い二人、本命は 君達だ。すぐに来たまえ」 「オレ、歌えないっすよ、プロの前でなんか」 まず田岡が渋り、小鷺が慌てて、それに追従する。 「僕も。僕も歌えないから結構です」 「なーに、言ってんだか。ふうちゃんより、少しでも上手かったら、おまえら 今頃、アメリカで勝負しているだろ、馬鹿」 「でも」 「やっぱり、ちょっと」 「何、手間取ってんの?」 麦田は声の方へ振り返る。 「今、勧誘しているところ。強情なんだよ、こいつら。若いのにケツが重くて さ。嫌んになっちゃうよ」 麦田はぼやきながら田岡と小鷺の手を取り、ぐいぐいと引っぱるが二人は頑と して腰を上げようとしない。 「来いって」 「遠慮しておきます」 「僕も」 「おまえら、いい加減にしないと、ふうちゃんに蹴り飛ばされるぞ」 「人聞き悪いな、むぎちゃんは」 座敷へ上がって来た楓は笑顔だが、それは普段とは異なるものだった。どこに でもいるようなそんな笑顔ではないと麻木は思う。しかし、それがどんな意味 を持つものなのか、未だ麻木には理解出来ていなかった。 「ふうちゃん、ここのところ、機嫌が悪いからな。君らもあんまりなめた真似 していると足が飛んで来るぞ。あの足、殺人兵器なんだからな」 「むぎちゃん、僕の評判、悪くしているの、君なんじゃない?」 「オレ、嘘は吐いていないぞ。本当のことは言っているけど。大体、おまえが 怖いって噂、事実じゃん? 普通はしないもんな、ヤクザの頭、蹴るなんて」 「向こうが失礼なこと、言ったからだよ。僕は正当な報復をしただけ。大した ことしていないじゃない?」 「あんなこと、本気で言っているから怖いよね」 麦田は田岡と小鷺のこわばった顔を見つめ、大真面目な様子で続ける。 「こいつの正当防衛は怖いの、極みだからね。あれ、見といて、ふうちゃんに ケンカ売る馬鹿はさすがにいないな。わかるよな、君達も。さ、二人。まとめ て、オレに付いていらっしゃあい」 二人の返事を待ちもせず、麦田の向こうで踵を返した楓の背中には威圧感が あったように思う。その背中。麻木は楓の後ろ姿を初めて、見たように感じて いた。 |