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 兄夫婦の異常な盛り上がりようはめったに飲まない酒の力故なのだろうか。
それとも二人は弟の麻木も知らない、やけになるほど辛い過去でも隠し持って
いるのだろうか。
 盛大なカラオケ大会の後、麻木が毎年、考え込んでしまうほど、二人は強烈
で異様なはしゃぎ方をする。毎年、大会の後半は二人の独壇場だった。二人は
甥である楓が可愛くてたまらないだけはでなく、歌手としての楓のファンでも
あるらしく、その熱烈ぶりは田岡など目ではなかったのだ。
___凄すぎだろう、あれは。
楓の出すCDは全て買い、それを四六時中、聞いていると言う夫婦は既に承知
しているスタッフ達でさえ、今年もまた口を閉じ忘れるほど激しく歌い踊る。
楓の出演する番組は録画までして必ず、チェックしている二人の物真似は圧倒
的だった。むろん、容姿と歌唱力はどうにもならない。しかし、それでも麻木
がテレビで見る楓の特徴は押さえていて、そっくりに見える。とりわけイ音が
心もち、甘えて聞こえる癖を見事に掴んでいて、そのために他まで全て、似て
感じられるらしかった。たった一曲、歌っている間に田岡の機嫌を直し、小鷺
を場に溶け込ませるほど、二人のステージには威力がある。当然、歌う二曲目
にはギャラリーは一体化し、三曲目には田岡と小鷺が仲良さそうに揃いの動き
で左右に身体を揺すりながら大きな声援を送っていた。九鬼ですら、うっかり
笑わないように頬に力を入れて腐心していたようだ。そんな席にいて、心から
楽しんでいなかったのは楓と自分だけだろう。麻木はそう考えた。
「今年は一段と凄かったね。さすがに十何年もファンクラブに入っているって
だけのことはある。年々、上手くなっているもの。あれは凄いわよね」
カウンターに隣り合って座ったまち子がお茶を飲むのを麻木は視界の隅で見て
いた。
「スタッフの人も皆、毎年、あれだけが楽しみだって、口を揃えて言うもの。
六十代で、あけだけマスターしてくれたら、感激もするわよねぇ」
楓とはまともに視線も合わなかった。麻木はずっと目で追い続けたが、楓の方
は父親のいる方向すら、見ようとしなかった。極力、見ないように努めている
ふうもなかったが、楓の視線が麻木にピントを合わせることはなかった。笑顔
は四方八方へ振りまかれているのに、麻木に向けられることだけがなかったの
だ。まるで楓と麻木の間には見えない壁があり、その上っ面を滑らせるように
楓は視線を動かした。
___器用な、完全な無視のやり方だ。
 カラオケ大会が終わり、サッと波が引くように一堂が去って行く時、まるで
その波間に呑み込まれるように楓も消えていた。絶対に麻木を見ないと決めて
しまったらしいやり方に関心すら覚え、正直、腹も立たなかった。
「静かねぇ」
まち子が口癖のように呟く。そう言えば、さっきからずっと隣り合って座って
いた。しかし。彼女は毎夜、閉店後にはそう呟くのだろうか? 
___一人っきりなのに。
「片付けが大変だな」
「忙しいくらいの方がいいのよ。暇だと耐えられないわ」
まち子は店内をぐるりと見回した。

 

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