「どんなオバケだ? 具体的に言えるか?」 楓は思い出そうとするような表情を垣間見せたが、直後に出した答えは明確で あり、迷いはなかった。 「男の人、僕より年上だった。廉(すが)ちゃんよりは」 楓は兄夫婦の一人息子の名を口にした。彼は楓より三つ、四つ年上だったはず だ。 「廉ちゃんよりは年上かなって、迷うくらいの歳の人。悲しそうな顔していた よ」 「おまえに何の用があって出て来たんだ?」 「さぁ。でも、別に怖い人じゃなかったよ」 「怖い人じゃなかったって、でも、おまえ、それで気を失ったんだろ?」 楓は苦笑いを見せた。 「その人が怖かったんじゃなくて、時計がかちかちいう音が怖かったんだよ。 あんなに凄い数の時計の音って聞いたことがなかったから」 「時計?」 「そう、かちかちいうあの音が聞こえたんだ、その人の後ろで。凄い数の時計 だったんだよ、きっと。時計屋さんも驚くような」 麻木は自分の記憶が確かな方か、懸命に計りながら、楓の話を聞いていた。 あのエレベーターの中で自分が何を見たのか、聞いたのか。昔、時計店で見た 光景を見、無数の時計が刻む音を聞いた。それは確かだ。 間違いない。 だが。 それは麻木の記憶に潜んだ、麻木自身の体験したことだ。だからこそ、時折、 何かのはずみに思い出してしまうことがある代物なのだ。息子とは言え、第三 者である楓にそれが見えたり、聞こえたりなどするはずがなかった。 「時計の音だと?」 なぜだ? 皆目、わからない。あの事件とは無関係の、生まれてもいなかった楓がなぜ、 そんな幻を見、音を聞かなければならないのか? 実際の経験に基づいた記憶 がない以上、それは単なる妄想なのではないか? なぜ、楓がオレの意識の中の光景を見たり、音を聞いたりするんだ? いくら二人きりの親子でも、記憶は空気を媒体にして、感染などしない。意識 的に交換を図らなければ共有出来るものではないのだ。ならば、父親の記憶と そっくり同じ幻影を見るような、そんな偶然があるというのだろうか? 有り得ない。だったら、これはどういうことだ? 「ね、そんなことより、警察って、死んでいる人の家族も捜せるよね」 楓は唐突にそう切り出して来た。話に脈略がないのではないか、彼らしくも なく。麻木の不審には構わずに楓は話し続ける。 「死んで日日が経っていても、捜索願いが出された記録がある人なら、さほど 難しくないよね?」 「オレにはおまえの話の主旨が見えないんだが」 楓は笑った顔のまま、ごく無邪気に言った。 「僕の夢の中に出て来る女の人を、その人の家族の元へ帰してあげたいんだ。 だったら、お父さんが警察にいる今の内がいいんじゃないかなと思って」 |