楓に非はない。ましてや、楓に人らしい感情がないわけではなかった。単に 倣うべき親から感情の表し方を教えてもらい損ね、上手く表現することが出来 ないだけなのだ。そんな楓を麻木が自分が父親にされたように切り捨てるなど 出来ようか? ___似た者同士なのに? 麻木は自分の気持ちが父親に伝わらないもどかしさや理解されない寂しさを 味わい、苦しんだ過去を一息に思い出していた。父親の死後、刑事になったの も父親への届かぬ想いからだったのかも知れない。麻木は父親の最期の床まで もわかり合うことが出来なかった。父親は麻木を相手にしないまま、死んだの だ。実父に顧みられなかった苦痛はカホとその子供が麻木すら自覚出来ない内 に癒し、解消してくれていた。なぜなら、麻木はまるっきり忘れていたのだ。 寂しさや苦痛どころか、父親の存在していたことさえも。 ___本当に。 自分に父親がいたことすら忘れていた。今、あの苦痛を思い出した上で考えて みれば、楓は間違いなく自分の息子だと確信出来る。楓は麻木に似てしまった だけなのだ。かわいそうなことをしてしまった。そう思う。麻木が感情を表現 して見せなかったから、楓にも出来なかった。真似てみる手本がなかったから こそ、上達しなかった。ただそれだけのことなのだ。楓は父親に理解されず、 さぞかし心細かったことだろう。 ___昔のオレと同じように。 ならば。自分は、自分だけは自分が父親にされたように、あんな簡単に我が子 を見限るわけにはいかないのではないのか? ___それに、オレはあんなに強く、誓ったじゃないか? あの日。 楓が生まれたあの夜の喜びを思えば、多少、風変わりでも、神経を病んでいて も、それくらいは個性だと割り切れる。楓はカホに託された子である以上に、 既に麻木にとっての、己の人生そのものになっているのだ。どんな理由の下で あっても決して手放したくはなかった。今更、手放すわけにはいかないのだ。 「オレはカホに感謝している。カホはおまえを連れて、オレを幸せにしに来て くれた」 楓は規則正しい瞬きを繰り返すばかりだった。水面のように静かな楓の両目に 映り込んだ麻木はもう老いている。言うべき時に全てを言っておかなければ、 いつ、永久にチャンスを逸するかわからない。そう悟るに充分だった。カホの 美しい死に顔に苦痛や後悔の跡を見て取ることは出来なかった。その安らかな 表情は今でも麻木の心の救いとなっている。たった一人で死なせてしまったと いう後悔を和らげてくれるものだと。 だが、それはどう言っても所詮は気休めであり、自己満足であり、カホの心 中はもう永遠に知りようもなく、麻木の悔いも消えはしない。 ___オレにだって、言いたいことも知りたいこともあったんだ。 今こそ、素直に、正直にならねばならない。麻木は何かに強く急かれていた。 今、言わなければ、また後悔する日が来るだろう。二度と取り返しのつかない 失敗などしたくない。口下手だなどという言い訳はしたくなかった。 「聞いて欲しいことがあるんだ。昔、おまえが見る見る大きくなって、日に日 に可愛らしくなって行くのを見るのがオレの毎日の喜びで、生き甲斐だった。 だが、一方でオレは不安で不安でたまらなかった。わかるか? オレはいつか ひょっこり、おまえの実父だと名乗る男が現れておまえを連れて行きはしない かといつも怯えていたんだ。心配で気が変になりそうなくらいに」 |