まち子、彼女はいささか不可解な女に育ってしまった。子供の頃から麻木に べったりだったまち子は早い時期から自分は将来、麻木 まち子になるのだと 思い込んでいたふしがある。周囲の大人達にまち子ちゃんは可愛いお嫁さんに なるなどとからかわれる度、まち子は嬉しげだった。あまりにも重ねて言われ 続けたがために、その気軽な冗談は彼女の幼い意識の下に刷り込まれ、やがて まち子自身、それが自分の意志だと信じるようになったのではないだろうか? ___あながち否定出来んな。だが、オレは違う。オレはそんなんじゃない。 麻木は自分の記憶に問いただす。まち子に隣家の少女以上の存在を感じていた のか、否か。当然、可愛らしい娘だと知っていた。実際、まち子は愛らしく、 愛嬌があり、いつでも喜んで麻木にまとわりついて来た。幼いとは言え、一途 な女心に悪い気はしなかったが、やがて変わる女心と知ってもいたつもりだ。 彼女はまだ幼く、狭い町内しか知らない。やがて成長し、世界が広がれば他に 適当な似合いの男を見つけ、そちらに夢中になるだろうと。だからこそ極力、 彼女にはただの隣人として接したつもりだし、褒めて欲しがるまち子を宥める 時には誰それがまち子を可愛いと言っていたとワンクッションを入れ、決して 麻木自身の意見にはならないよう、心掛けることを忘れなかった。 麻木には彼女の望みを叶えてやるつもりは毛頭なかった。そう言い切ること が出来る。だが、もし、カホに出会わなかったら。カホが自らあんな申し出を しなかったら。まち子と麻木、二人の人生はどう変わっていただろう? 節子 が反対しなかったら。周囲の無責任な、気軽な期待に流され、自分はまち子と 結婚しただろうか? ___いや。しない。するはずがない。 あんなに美人で、多少しつこいという欠点もあるものの、相対的には可愛い娘 から結婚したいと望まれて、悪い気などするはずがない。そう思う一方で麻木 は自分はまち子との結婚を望んだことはないと思う。他人の一方的な思い込み に付き合って結婚することが心地良いとも、気楽とも思えない。自分が好きに なった人と結婚したい、ずっと潜在的にそう願っていたのかも知れない。そう でもなければ、あんなにあっさりとカホの申し出を受け入れはしなかったはず だ。それでも尚、もし、今一度、考えることがあるとしたら。 まち子とカホの違いとは何だったのだろう? 麻木は自分がまち子を愛する 気になれなかった理由が今でもわからない。 ___なぜだろう? ま、今更、いくら考えても仕方のない話なんだが。 玄関先で靴を脱ごうとした恰好のまま、座り込んでボンヤリとしている自分に 気付き、何とはなくおかしく笑いたくなった。この頃、自分はおかしいのだ。 きっと睡眠不足が続いているためだろう。そう結論付け、息を吐く。眠れない 分、とっくに忘れていた過去を鮮明に思い出す。その当時は眼前で起きている ことに対処するのに精一杯で、それが自分の意志からの行動なのか否か、それ すらわからずに生きていたのかも知れない。無我夢中でただこなしていただけ の人生を今になって、やけに冷静に一つずつ、分析している自分が不思議でも ある。そんなふうに以前には考えられない摩訶不思議な作業をしている最中、 ふと麻木は思うのだ。自身がこれくらいと見積もっている時期よりも、いくら か早く自分は死ぬのではないかと。そう疑って、麻木は苦笑した。自分に予知 能力はなかった。 ___第一、そんなもの、現実にはないんだからな。 |