「それに。僕だって以前、酔って楓に絡んで、しつこかったらしくて、まとも に平手打ちされて、その上、蹴られましたからね。一応、自分の所属事務所の 社長だから手加減してくれて、それですよ。翌日、平謝りに謝って、ようやく 許して貰えたような始末なんです。二度としないと誓いましたし、実際、それ きり何もしていません、本当に何も」 今井はCDショップの派手な照明に目をやった。眩い光に照らされたポスター 達。その中で一際、目立つ、特別待遇の一枚になることの意味を今井は誰より 具体的に、数値として知っている。 「僕は、あの四人とは違います」 諦めたような声で今井は、そう切り出した。 「僕にはあの四人みたく、本能の赴くままに突っ走ることは出来なかった。親 がかりとは言え、経営者なんだ。楓に逃げられたら事務所がどうなるか、それ くらいは承知していました。だからこそ、僕には楓に嫌われるような、そんな 馬鹿正直なことは一切、出来なかったんです」 「つまり、楓が許してくれる程度の、ビジネスライクなお付き合いで妥協した と?」 「ええ、我慢しました。これから先だって、楓の顔を見られて、声が聞けて、 その上、大金にもなるのなら、どんな我慢もします。我慢しますよ、会えさえ するのなら」 今井は声を強め、早口にそう叫び、だが、すぐにションボリと肩を落とした。 「でも、辞められてしまったら、僕はどうなるんです? 顔も見られず、声も 聞けない。それじゃあ、生きている甲斐がない。死んでいるのと同じことだ」 「残念だが、楓が決めたことだ。オレにはせいぜい、他を当たってくれとしか 言いようがないな」 「楓の好きなペースで構わない。もちろん、いつまで休んでくれても構わない んです。仕事だけは続けるように言ってくれませんか? そう一言だけ言って も貰えないものなんですか?」 「あいつが決めたことだ。オレが何を言っても無駄だろう」 今井はため息を吐いた。彼にも、父親と言えども楓を翻意させることは不可能 だとわかっていたはずだ。楓は麻木には何の報告もしないまま、引退を決めた のだ。むろん、麻木が心配し、引退してでも静養に努めるように言った、その 願いを汲み入れてくれてのものだろうが、あくまでも楓が自ら考え、決意した ことであり、麻木が決めたことではない。今井は拗ねた口ぶりで吐き捨てる。 「親子っていいですね」 「どういう意味だ?」 「だって、何があっても楓はあなたの物だ。生きている間はもちろん、もし、 将来、誰かに殺されたとしても楓は相変わらず、あなたの物なんだ。他の誰か の物になることなんかあり得ない。必ず、父親であるあなたの手元に送られる んだから。つまり、あなただけはずぅっと楓の所有者でいられるってわけだ。 羨ましい限りだな、全く」 人の良さそうな顔はしている。だが、今井は楓の所属事務所の社長だ。所詮、 楓は物であり、所有者に利益をもたらす、便利な道具なのだろう。麻木は何が 理由にしろ、楓が引退し、ただの人間に戻ることは良いことなのだと考えた。 こんな連中とは一刻も早く切れた方が良い。 「代わりを捜せ」 「そうですね。だけど。一体、どこのどなたに楓の代わりが務まるんです?」 ひねた口振りで今井が吐く。 「楓の一度、見たら生涯、忘れられない容姿と、一度でも、聞いてしまったら 最後、もっと、もっと聞きたくなる、あの声に代わるものなんかない。大体、 自称そっくりさんだって言う、あつかましいのすら見たことがないのに」 「地上に三人はいるって言うだろう」 「気休めにもならないことを」 今井は毒づきながら、だが、何事か思い出したようだ。ふいに無表情になり、 それから考えるように、ゆっくりと首を捻った。 「いいや。聞いたことはあるな。どこだったっけ? 楓にそっくりな奴がいる って、一時、ファンクラブの方じゃ大騒ぎになったんだ」 |