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 考えたこともなかった土田の提案に麻木はまず、面喰った。
「オレが? オレが楓のボディーガードを?」
いささかたじろぎ、言われた内容を反芻するようにオウム返しにした。
「ええ。もちろん、当たり前にプロを雇うことを考えましたよ。しかし、プロ
なら必ず、信頼出来るかと言うと、そうとも言えない。何しろ、二十四時間、
ずっと一緒ってことですからね。楓さんに邪な感情でも持たれてはかえって、
拙いことになりかねない。何せ、楓さんって人は異常なくらい、もてますから
ねぇ。それに本人が嫌うでしょう、そういう他人と緊密な状態に置かれること
は。その点、父親のあなたなら何ら間違いの心配がないし、楓さんも安心して
休める。つまり、あなた以上に無害な人間は考え付かなかったんです。そうで
しょう? お父さん」
土田は血色の優れない薄っぺらな顔に笑みを浮かべたが、それは何の親しみも
感じさせないものだった。笑われるとむしろ小馬鹿にされ、拒絶されたような
気さえする始末なのだ。
「我々も考えあぐねて、ようやくこの結論に辿り着いたんですよ。こんなこと
ならいっそ、父親にお任せするのが最善策だとね。幸運なことにあなたはプロ
なですし」
「楓は何も言っていないが」
土田は薄い唇を歪め、失笑したようだ。
「あなたは定年間際なんでしょう? そんな人に自分のためにすっぱり、警察
を辞めてくれだなんて、まともな神経の持ち主なら言うわけがない。それに。
これはわたしの、言わば、独断なんです。社長は楓さんを引き止めることしか
考えていないし、楓さん本人はよほど根が良いと見えて、世の中には人殺しが
溢れているとはどうも理解出来ない御様子ですしね」
土田は意味深げに唇を歪めて見せた。
「命あっての物種と申しますのにねぇ」
 土田の言いぐさは気に入らない。だが、言っていることは満更、ふざけては
いない。考えてみる。もし、一日中、ぴったりとあの楓に付いていられたら。
少なくとも何らかの手掛かりは手に入るやも知れない。いや、それどころか、
犯人と遭遇出来るかも知れないではないか。決して、意味のない挑戦ではない
はずだ。だが、それでも麻木は即答せず、黙っていた。
「では、考えておいて下さい。今日のところは失礼しますから」
一礼し、土田は出て行った。一人取り残され、麻木はぼんやりと考える。この
まま、一刑事として定年を迎えれば、それなりの充実感はあるだろう。例え、
市民の生活を守りたいなどという殊勝な心懸けで選んだ道ではなかったとして
も、それでもひたすらに歩き、ようやく辿り着くゴールなのだ。その日、自分
が何も感じないはずはない。だが、楓の安全に比べれば、そんな感傷も、余韻
もどうでもいいものなのではないのか? 
___それなのに。どうして、オレは“引き受ける”と即答出来なかったんだ
? 刑事って仕事自体に未練があるわけじゃないだろう?
自問し、更に考えてみる。
___オレが刑事になった訳。一体、何のためだった? 
 麻木が刑事を志した理由。今思えば、半分は父親の歓心を買うためであり、
残りの半分は父親の鼻をあかすためだった。警官の父親は次男である麻木には
愛情を示してくれなかった。隣家の娘より、邪険にされた。その恨みつらみを
晴らしたいと長く、潜在的には願っていたのかも知れない。だが、その父親は
麻木が刑事になって間もなく、さっさと死んだ。彼が心中、麻木の選択をどう
考えていたのか、それすら定かではない今となってはただ、カホと出会うため
にだけ、刑事になったのも同然だった。
 刑事であることそのものに意義を感じたことはない。刑事であって良かった
こと、それはカホと知り合えたこと、それだけだ。
___オレには刑事を全うする理由も資格もない。未練を感じる理由なんか、
さらさらないんだ。

 

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