back

menu

next

 

 楓のそんな楽しそうな様子を見るのは一体、いつ以来だろう。考え込む麻木
に気付き、麦田は慌てた調子で訂正して来た。
「本当に、本当に今回は違うんだ。逃げられたんじゃないから、気を回さない
でよね」
「そうそう。四人目が生まれるから、田舎に帰っているんだって。里帰り出産
て言うんだっけ?」
「うん。そうそう、逃げられたんじゃないから」
「今回は、ね」
楓に茶化され、麦田は悔しそうに楓の肩をバンと叩いた。
「痛いよ」
「おまえ、熱で頭、壊れたんじゃないの? 精密なだけに一旦、イカレちまう
と本当、質が悪いよな。まぁ、大抵、御陽気な時のおまえって、底意地が悪い
と相場が決まってんだけどな」
「普段は暗い、暗過ぎるって散々、文句、言うくせに」
「暗いだろう、実際。妙な本ばっかり読んでさ。たまには明るい新刊、読んで
みやがれ。黴臭い本ばっか読んでいるから、暗くなるんだよ」
麦田の言う通りなのだが、楓の方も負けていなかった。
「育児書も度が過ぎると結構、暗いと思うけどな」
麦田には心当たりがあるらしく、不満そうに楓を見やる。
「どこで、何を聞いたんだよ?」
「むぎちゃんが四人目なのに、また大量に育児書買い込んだってヤツ?」
「ちぇっ、ド近眼のくせに耳はいいよな。この地獄耳野郎。誰がちくってんだ
か、ったく。四人目って言ったってな、四回同じことを繰り返してんじゃない
んだぞ。毎回、新たな感動と発見があるんだからな」
「そうだよね。そうでなきゃ、毎回、あ〜んなに喜べないよね」
「そうなんだよ。何度でも本気で喜べるものなんだよ。いいぞ、出産は」
麦田の機嫌は回復し、二人は御機嫌な様子でゼリーを食べ始めている。結局、
暇潰しにじゃれ合っているだけなのだろう。しかし、それならそれで麻木には
解せないことがある。
「そんなに仲が良いのに何で、おまえ、家に来たことがなかったんだ?」
麻木にそう尋ねられ、麦田は楓と目を見合わせた。麻木から見れば、九鬼より
麦田の方がよほど楓と合いそうなものだし、実際、こうして仲も良いのだ。
「ああ。昔はふうちゃんて、好きじゃなかったから」
麦田は苦笑いして見せた。
「だって、オレの好きになる女は皆、ことごとくふうちゃん命でさ。むかつく
から、話したこともなかった」
「そんなの、僕、知らないもん」
「そうだろうな。おまえと来たら次々、あっさり断りやがって。もったいない
ったら、ありゃしない」
「そうかなぁ」
「そうだよ。だから、おまえは未だに独身なんだ。気前良くふって来た罰だ。
ザマァ見ろ」
「関係ないと思うけどな。好きじゃないものは仕方ないと思うし」
「おじさん、再婚しないの?」
麦田はいきなり、予想もしないことを麻木に向けて切り出して来た。
「はっ?」
あまりの脈略のなさに驚いて、楓の方が聞き返したほどだ。
「むぎちゃんてば、何、言い出すの?」
「昔、九鬼っちが言ってたんだ。『楓はかなり、ファザコン入っているから、
女にまで気が回らない』って」
「何、それ?」
「おまえは黙っていろ。おじさんに話してるんだから。ね、こいつって、パパ
っ子でしょ? ずっと二人きりの父子だから、仕方ないのかも知れないけど、
でも、それって、どっちかが踏ん切り付けないと解決しない問題なんじゃない
のかな?」
「問題なの?」
楓が不思議そうな顔で尋ねる。
「ああ。それも、大問題だよ。考えてもみろよ、おまえの、そのお利口な頭で
さ。おまえも、おじさんも人生を半分、損してるってことなんだ、わかる? 
お互いに執着し過ぎなんだよ、二人共」
麻木は麦田の正論をおとなしく聞いている。
___確かに。
第三者の目で見れば、麻木と楓は過度に密着しているのかも知れない。

 

back

menu

next