麻木は楓しか意識しないし、楓の方も父親に依存しているふしはある。それ は二人が互いに遠慮し合いながら、それでもどうにか親子でいようと腐心して 来た故なのかも知れない。 「オレ、思うんだけどさ」 麦田は麻木へ向き直る。 「何だ?」 「おじさんが再婚したら、ふうちゃんにも父親離れする踏ん切りが付くんじゃ ないのかな」 「再婚? オレが?」 「何で、むぎちゃんがそんなこと、急に言い出すの?」 楓が麦田を訝しそうに見る。声質のためにか甘えた口調に聞こえるが、本人に そんな気はないのかも知れない。 ___どうなんだろうな。 麻木は麦田の忠告にはまともに耳を傾けていなかった。結局、麻木の関心は 楓にしか注がれず、他事は所詮、いつでも話半分なのだ。楓の方は突然、自分 達親子のあり方に介入して来た友人の真意が知りたいようだった。 「むぎちゃん、そんなこと、言ったことなかったのに。おかしいよ」 麦田は楓へと向き直り、大真面目な顔のまま、話し始めた。彼は悪ふざけなど していなかった。 「今まではオレ、おまえのこと、かわいそうだなんて、思ったことがなかった から。だから何も言わなかった。人気の歌手で皆に好かれて、何もかも持って いる幸せな奴だと思っていたからな。だけど、熱を出して寝込んでいるおまえ を見ていたら、もしかしたら、肝腎なものが欠けている人生なんじゃないか、 って、そう思うようになった。伯父さんと伯母さんに守られたって仕方ないん じゃないかって。本当は他におまえのこと、守ってくれる人がいるはずなんだ よ。三十六年も人間やってて、そんな人と未だ出会っていないんなら、そりゃ あ、人生の大損失だよ。今からなら十分、間に合うよ。だから、そういう人を 捜しなよ、今すぐに」 楓は麦田の真摯な様子をじっと見つめ、見極めたようだ。麦田は心底、友人を 心配して言ってくれている。麻木にとて、それは十分に理解出来た。しかし、 それに対して、楓は何と答えるのだろう? 麻木は楓の静かな顔を見た。彼は 穏やかな無表情で麦田を見つめ、ややあって、口を開いた。 「僕だって、自分の人生を無駄にするつもりはないよ。だから、大丈夫だよ。 ありがとう、むぎちゃん」 その返事に麦田は照れたような、薄い笑みを返した。我に返ってみると、意見 した自分の行動が照れ臭いらしい。 「へへっ、オレも天下の麻木 楓に御意見申し上げられるギタリストになれた のかな」 「うん、むぎちゃんは凄いよ。仕事は出来るし、マイホームパパだし。立派だ よ」 「サンキュー。それじゃ、今すぐ伴侶を捜さなくちゃならないのは、おじさん の方だな」 話は麻木の方へ戻って来た。 「そうだよ。まず、おじさんがさっさと子離れしないとな。将来、ふうちゃん の嫁さんともめる原因になるんだから」 「何でオレが嫁ともめるんだ? そう口煩い方じゃないぞ、オレは」 「知っているよ。無口だもんな、おじさんは。でもね、旦那と舅がラブラブ仲 良しだと妬くでしょ、普通。邪魔に思われ出すよ、絶対に」 じっと麦田の横顔を眺めていた楓が口を挟んで来た。 「えらく実感こもっているね。もしかして、それ、お宅の話?」 麦田は一旦、黙り込み、それからムッとした調子で言い捨てる。 「そうだよ。その通り、我が家における実体験だよ。だから、うちのちはるは 年中、機嫌が悪いんだ」 「ふぅん。そんなにお父さんと仲良しなんだ。でも、むぎちゃんのお父さんて 見たことないなぁ」 |