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「想像も付かん。有り得んだろう? 例え、東京ドームに住んでいたって無理
だ、そんなこと」
真夜気はくすくすと小さく、麻木のうろたえようを笑ったようだ。
「普通はそうだろうな。たぶん、屋敷の広さ云々じゃなく、恐らく、親父の頭
が壊れていたって、そっちの方が大きな要因だったんだろう。だって、オレ、
子供の頃、本気で親父の頭は壊れていて、だから喋れないんだって信じていた
んだからな。その頃はまだ家にいたおふくろ、当時はママだな。そのママに、
どうしてパパは喋ったり笑ったりしないのって聞いたらさ、ママがすました顔
で言うんだよ。それはね、パパの頭が壊れているからよって。だから、もし、
将来、修理出来る人が見つかったら、その時はちゃんと修理してもらおうね、
そうすれば、パパの頭も普通に動くようになる、皆みたいに喋ったり笑ったり
してくれるようになるのよって。子供騙しだよな、全く」
真夜気は自分の古い記憶を笑った。
「でもね、頭の修理は難しいから、めったに修理出来る人がいないの、だから
今は辛抱しようね、だって」
懐かしむように真夜気は目を細める。
「で、もし、そんな修理の出来る人が見つかったら、真夜ちゃんのおもちゃの
ロボットも一緒に直してもらおうね、きっとチャッチャっと直してくれるわ。
良かったねって、そう言ったよ」
真夜気の横顔はただ、母親が幼い子供を宥めすかす光景を大人となって思い出
し、面白がっているようにも見えた。
「だから、かな。オレ、高校生になって、ミーヤに出会って、あの親父が口を
開くところを初めて、目の当たりにした時、すっごいショックだった。本当に
そんな修理の出来る人がいたんだ、ママは嘘を吐いていなかったんだって感激
したんだ。じーんってね」
ふと以前、小鷺から聞き覚えた事実を思い出す。小鷺もまた、ミーヤと真夜気
が出会ったのは随分、遅い時期だったと言っていた。
「自分の従兄に高校生になるまで一度も会わなかったのかね?」
真夜気は少しばかり表情をこわばらせた後、舌打ちした。
「あんた、随分、小鷺に入れ知恵されているんだな」
「彼のはあんたへのやきもちだ。別に落とし込もうだなんて、悪意じゃない。
目くじら立てるほどのことじゃないだろう」
「ふぅん。随分、好意的解釈だな。でも、あいにくオレ達は正真正銘の従兄弟
だよ。親父同士が兄弟なんでね。実際、小鷺はミーヤのことを何も知らないん
だ。ミーヤは生まれてすぐに養子に出されているからね。そこのところをまず
承知していないと続きは全部、間違いってこともあるだろう? それに」
真夜気は意味ありげに笑う。
「我が家は一切、情報公開しないから、ちょっと興信所を使ったくらいじゃ、
何もわからないよ」
「公開しないって言ったって、そんなこと、土台、無理だろう? 個人情報の
保護なんて、オレが言うのも難だが、警察や何かに多少のコネでもあれば」
「いいや。出来るよ。我が家には特別なコネがある」
「特別って、マンガじゃなし、そんなことが出来るわけが」
「実際、小鷺はオレの名字を知らない。本名なんぞ、誰にも教えたことがない
からな」
真夜気は楽しそうに自慢の愛車のハンドルを切る。その様子に嘘を吐いている
やましさは微塵もなかった。
「名字を知らないだなんて」
「事実だよ。オレの経歴なんて、事実を織り交ぜた創作みたいなもんだから。
何しろ、クラスメイトだって、オレの通称しか知らなかったくらいだからな。
おじさんは類希な少数派だよ。オレの名前を知っているんだから」
「公的な書類にまで偽りがあるという意味なのか?」
「そうだよ。お役所に行けば、何でもわかる、なんてレベルじゃ、偽る意味が
ない」
「そうなんだろうが。だとしても。何でそんなことを? 何で、そんなことを
する必要がある?」
「平たく言うと、そうだな、身の安全のため、かな。我が家はもっぱら占いの
類で食っている一族でね。特殊なコネなり、ルートを持っているんだ。顧客は
大物揃いで、金払いはいい。だけど、そういう輩は人一倍、強欲で神経質で、
気は小さい。我が家の人間には表に出て欲しくないんだろう。誰彼なし、皆が
皆、我が家の顧客になったんじゃ、自分達の利益が薄まる。つまり、損をする
わけだからな」
「占いって、そんなものでお屋敷に住めるほど、稼げるものなのかね」
疑うような麻木の口調に真夜気は薄く笑って返した。
「そんな街角に座っている大勢とは世界が違うよ。ま、オレは大したもんじゃ
ないけどね。稼いでいるのは妹の方。もっとも今は一円も稼げない状態なんで
ね、ミーヤが頼りって話だけどさ」
麻木は頭の隅に田岡を思い出した。田岡の母親は念願叶って、ようやく高名な
霊能力者とやらに会える機会を掴んだが、先方の都合で会えなくなり、気落ち
していると言っていたはずだ。何でも捜し出せると言うその能力は占いと同じ
ことなのだろうか?
 しかし、その霊能力者と真夜気の妹は同一人物ではないはずだ。先の霊能力
者は既に死に、真夜気の妹は少なくとも生きてはいる。真夜気の妹達。年若い
二人が回復の望みもない状態で眠り続けていることも、彩子が二度目の流産を
したことも、ミーヤの病気も真夜気一人の負担となっているのだ。気の毒だと
思い至った。若い背にはさぞ、重い荷だろう。
「何、考えているの?」
黙りこくる麻木に真夜気が尋ねた。
「いや。あんたも大変だなと思ってな」

 

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