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麦田は自分の父親に付いて語る気は更々ないらしく、楓のセリフを聞き流し、
その話をいっそ、断ち切るように勢い良く麻木を見やった。
「紹介してあげるよ。うちの母親、顔が広いからね。どんな人が好みなの?」
「本気で言っているの?」
楓が心配そうに聞き、麦田はそれを強くはねのける。
「うるさい。当たり前だろ。善は急げって言うし、おじさんはおまえみたいに
若くないんだぞ。もたもたしていられるか。再婚相手がいきなり未亡人になる
だろうが」
「でも」
麦田はキッとばかりに楓を睨み据える。
「おまえ、土壇場になって、お父さんを盗られたくない!なんて、言い出しや
しないだろうな?」
「まさか」
「それじゃ、本当におじさんが再婚することになっても構わないんだな?」
「うん、いいよ。お父さんが幸せなのが一番だもの。むぎちゃんのハイペース
には面喰っているけど、再婚そのものには賛成だよ」
「よっしゃ。障害物なし!」
「おい。オレは再婚なんか望んじゃいないぞ」
麻木はどんどん勝手に進む話のスピードに慌てて、口を挟んだ。放置すれば、
麦田は明日には見知らぬ女性を連れて来そうな勢いなのだ。
「今更、再婚なんかするものか」
「照れなくたっていいよ。今時、再婚なんて、普通なんだから」
「照れているんじゃない。大体、再婚って、オレはそんな歳じゃない」
「六十とかでしょ? 今時、あと二十年は生きているよ。もったいないじゃん
? 残り二十年、一人でボ〜ンヤリしているだなんて」
「自営業ならいざ知らず、オレは退職間際なんだぞ。どこの馬鹿が、これから
失業しようかって男と結婚するんだ? オレだって、責任も取れないのに結婚
なんぞ、しようとは思わない」
「責任って今時、男が食わさなくっちゃってもんでもないと思うけど」
「オレは嫌なんだ」
「ふぅん。本当にふうちゃんが気掛かりで他に気が行かないから、じゃないん
だよね?」
「おまえ、人を変態のように思っているんじゃないだろうな?」
「半ば、変態でしょ、お宅の親子関係って。今時、珍しいよ、それ」
「余計なお世話だ」
「あの。ね、そんなに慌てて、結論出さなくてもいいんじゃないのかな」
楓がのんびりとした調子で麦田の熱気に水を差す。
「また今度でいいじゃない? ねっ」
一呼吸あって、麦田も頷いた。
「それもそうだな。おじさんも今日、明日、死ぬわけじゃなし」
「おい」
 麻木は命拾いしたようにひとまず、息を吐いた。人心地がついた所で考えて
みると、麦田がここにいること自体が訝しく思えて来る。
「ところで。あんたはちゃんと飯を食っているのか? 大体、何で兄さん達が
いないんだ? 二人が付いていたはずなんだが」
いると思っていた兄夫婦がいず、気にはなっていたものの、二人の若干、馬鹿
馬鹿しい話に往生している内に尋ねる機会を失ってしまっていたのだ。それに
食欲のない楓がゼリーを食べているのは仕方なさそうなものだが、健康な麦田
にまでその粗食に付き合わせては気の毒と言うものだろう。ましてや今は正月
なのだ。
「ああ。おじさん達にはね、オレが帰ってもらったよ。看病だなんて言って、
共倒れになったらいけないからね。もう歳なんだし。二人が倒れたら楓が苦に
するからって言ったら、すんなり帰ってくれたよ。明日の朝一番に来てくれる
らしいけど」
麦田は兄夫婦のツボを心得ているらしい。
「そうか。じゃ、あんたの飯は?」
「大丈夫。おばさんの手料理をしこたま食べて、今はこうしてデザートタイム
を満喫中。ふうちゃんは熱でほとんど食べられないから。オレが代わりに食べ
ちゃった。満腹、満腹」
麦田は大袈裟に薄っぺらな腹をさすって見せる。
「むぎちゃんね、温かい物を食べるのは久しぶりなんだって。笑えるよね」
「ちはるがいないんだから仕方ないだろ? 重ねて言っておくけどな、今回は
ケンカじゃないからな」
「うん。いつもはケンカだもんね」
「うるさいな。今日は一段と底意地が悪いな、おまえ。オレに恨みでもあるの
かよ」
「だって、買い物に行く前にわざわざ、ミカンは嫌って言ったのにむぎちゃん
てば、十個もミカンゼリーを買って来たんだよ。嫌がらせじゃん」
「うるさい。うちのちび共は好きなの、ミカンのゼリーが」

 

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