back

menu

next

 

「そんな気色ばまないで下さいよ」
今井はおろおろとうろたえ、急いで父親の機嫌を繕う、適当な言葉を頭の中で
捜したようだ。
「言い換えるなら、ほら。そう、人間離れしたって言うか、魔力を感じさせる
って言うか、ミステリアスな雰囲気」
今井は一息入れるべく紅茶を口にする。
「何て言うのが適切なのかな。こう肉体が目の前にあるのに、実在しない幻を
見ているような気になると言うか、そんな摩訶不思議な雰囲気があるでしょう
? 時々、錯覚させられるんですよね。こいつは魔力を秘めているんじゃない
かなって」
「それは九鬼のカメラの腕がなせる技だろう。オレが知っている、生身の楓と
来たら、寝起きの悪い、おかしな植木おたくだ。それも、古本好きの」
今井は苦笑いした。
「ああ。確かに植物とは波長が合いますよね。どっかで植物と結ばれていると
言うか、絆があるような。基本的に人間と植物の区別が付いていないと言うの
か、むしろ人間より植物の方が好きなんじゃないのかな、彼は。僕、昔、旅行
に出ていて、その間に事務所の観葉植物を枯らして、仕方がないなって捨てた
ことがあるんですよね。それを見た楓が本当に怒りまして。生きているものを
捨てるなんて許せないって言われました」
今井は再び、カップを口に運ぶ。
「あれ以来、楓は僕が嫌いなのかも知れない。ちなみに、その鉢は楓が持って
帰って、今も彼の部屋にあるらしいんで、あなたは見ているのかも知れません
ね、元気になった姿で」
今井は寂しそうな目で麻木の表情に乏しい仏頂面を見つめる。他に何事か言い
たいことがあるらしい。
「何だ?」
「僕は見たことがないんです。だって、彼の部屋には入れませんから」
「何で?」
「悪い噂が立つと困りますから」
今井はその言葉に意味を深めるように目を細めた。
「僕も楓もいい歳をして独身だから。怖いんです、変に勘ぐられるのが」
 それから束の間、今井は逡巡する様子を見せた。口にすべきかどうか迷った
後で、今井の口はわりあい素直に動き始めた。
「彼はあなたの子供だから、あなたには何もかも理解出来ているんでしょう。
だけど、僕にとっては楓は未だ、正体の知れない宇宙人です」
「宇宙人?」
「ええ。と言うか、水面できらきら輝きながら揺れる光のような、そんな気が
します。一体、どこをどう掴んだら、彼の本質とか真意とか、そんな人として
の核の部分を理解出来るのか、わからないんです。つまり、楓は僕に対しては
一度も、本当に唯の一度も本心を見せていないんだと思うんです。結局、信用
されていないんですよ、僕と言う人間は」
今井は楓に信用されていない自分には欠陥がある、そう自らの身体に熱い烙印
を押し付けるかのような、辛そうな表情で訴えて来る。その様子が多少、不憫
に見え、麻木は口を開くことにした。
「そんな深刻に考えることはないだろう。実際、オレだって、あいつの全ては
わからない」
麻木は本心から、そう言った。
「親子して口もうまくないし、コミニケーションなるものが苦手でな。いや、
正確にはオレが悪かったんだ。長いこと、あいつとまともに正面から向き合う
ことをしなかった。だから、あいつが根の優しい、本物の善人だと確信するの
に三十六年もかかった。父親のくせにな。不甲斐ないもんだ」
今井は象のような目でじっと麻木を見つめている。この温室育ちと思しき男の
中にも哀しみはあるのだろう。
「悲観するには未だ、早いってことですか?」
「そうだ」
「そうなんでしょうね。親子の三十六年間に比べたら、所詮、十何年の、それ
も他人同士の付き合いですからね。それっぽっちじゃ、彼の正体は見破れない
んでしょうね。ましてや、僕みたいなひよっこ社長なんぞには」
麻木は今井の変化に気付いて、ギクリとした。今井は目を潤ませながら、無理
に笑っていたのだ。

 

back

menu

next