「僕の器じゃ所詮、無理な話だったんですよね。社長と言っても名ばかりで、 母親の会社の一部分を担当しているに過ぎない。名前は独立していても、中身 は母親の物で、ほとんど税金対策なんです。それだけにこれはって、めぼしい 新人をこの手で発掘して、売り出したかった。母が用意したタレントさん方に は今でも坊ちゃんって呼ばれていますからね、情けない男なんですよ、僕は。 でも。だからこそ、当初は尚更、何が何でも自分の手飼いのスタッフと歌手が 欲しかった。そんな時に楓に出会ったんです。一目惚れでした。凄い、絶対、 売れるって思った。不思議なことに目利きの母親は猛反対しましたけどね」 今井は気弱げに微笑んだ。未だ母親の支配下にいる。それを自覚し、苦にして いる。そう感じられた。 「僕には到底、扱い切れないと言われました。あんまり高学歴で、頭その物が 良過ぎる、手に負えないって」 「高学歴ったって、あいつはのほほんとしているから、どうということはない じゃないか?」 今井は首を振る。 「いいえ。例え、楓本人が鼻に掛けなくても、何も言わなくても、僕はいつも 覚えている。いつも意識しているんです。何しろ、僕が受験に失敗した大学を 出ていて、しかも特別、優秀だった。本人が言わなくても、毎日、教授が説得 に来れば、わかりますよ。軽はずみなことをするな。馬鹿げたことをするな、 ってね。僕にも人の人生を食い物にして悪いと思わないのかって凄むくらい、 先生は真剣だったから」 麻木もまた、その教授を覚えている。大ケガをさせても阻止してやるのが親の 務めだとまで言い放った男。楓本人には更に強く翻意するよう説得しただろう が、楓自身が聞き入れなかった。 「決めたのは楓だ。あいつが自分で決めたことなんだ。他人が何を言っても、 無駄だっただろうよ」 「そんなことは知っています。誰よりも知っているんです」 今井は息を弾ませ、そう叫び、それから急にその興奮から冷めたように声を 落とした。 「僕は楓を休ませたいんです。仕事はキャンセルして構わない。事務所の損失 なんて、どうでもいい、そう思っているんです。楓が元気になれば、次は必ず あるんだし、何も心配しなくていいんだ。それなのに、楓は聞いてくれない」 「動いていた方が気が紛れると言っていたが」 今井はとろりと溶け出しそうなチーズ色のセーターを着ている。たっぷり肉の 付いた丸顔には似合わない、ベットリと固めた髪型が滑稽とも思えるが、基本 的には人の良いマイホームパパという風体をしている。ただ、彼自身は独り者 だ。以前、廉が言っていたこと。今井には昔、婚約者がいたが二人の仲は成就 しなかったらしい。 「楓はビジネスライクに考える。だから、一切、キャンセルしようとしないん です。ツァーをキャンセルすれば、いくらの損失が出る。そう計算するから。 結局、楓は僕より有能だから、ぼんくらの僕がいくら、何を言っても、聞こう としない。僕の言うことは聞かないんです。そんな戯言、聞いたら最後、事務 所が成り立たない、速やかに傾くってわかっているから。だから」 「あんた」 「事務所で一番、いや、断然、売れているのは楓です。その後に続くのは母親 が用意した奴ら。僕が見付けて来た人間は誰一人、稼げていない。楓が売れて いるのも、セルフプロデュースだからです。僕の力じゃない。いや、僕が口を 出していないからこそ、売れているんです」 「あんたが未だ若いからだろ?」 麻木の慰めに今井は力無く首を振った。 「いいえ。僕が無能だからですよ。年齢や経験の不足じゃありません。歌手と 社長で同じ仕事をしていないから目に付かないだけで、もし、同じ仕事をして いたら僕と楓の力の差は歴然とするでしょう」 「そうなんだとしても、だ。それは今、話さなきゃならない話なのかね?」 |