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 だが、彼らはなぜ、そんな持って回った手間をかけるのか。それが麻木には
解せない。自分の知人ばかりが四人も惨殺された後では、さすがの楓も危険を
察知して、ガードを堅くする。少なくとも一人で出歩くことはなくなる。そう
いった心配をしなかったのだろうか。本当に楓を殺す心積もりだったのなら。
まずは楓を殺すべきだったはずだ。最初であれば、いかに楓とて、手に掛ける
ことも雑作なかっただろうが、今となっては楓はともかく、事務所は用心深く
なっている。そう簡単には連れ去れまい。ならば、犯人達にはよほど腕に覚え
があるのか、それとも最初から楓をさらい、殺すつもりまではなかったのか。
 彼らの赤いリストに楓の名前が記載されていないのなら、それもあるのかも
知れない。もし、全てが麻木の妄想に過ぎず、彼らに楓を殺す意図がないのだ
としたら、楓の身辺の警戒具合など気に留める必要はない。それでは犯人達は
何のために楓の知人ばかりを殺し続けるのか。
・・・
 楓を脅かしているつもり、なのだろうか。楓が怯える様を見、楽しむつもり
だったのだろうか。しかし、それも麻木には俄かには納得し難い。犯人の全て
か、一部かはわからないが、幼い楓が父親と遊んだ公園まで把握している連中
だ。そんな人間が楓がそう簡単に怯え、取り乱すと考えているとは思えない。
むしろ、そんな弱った姿を妄想し、期待するだけ無駄だと知ってはいまいか。
楓は父親にすら、不安を訴えなかった。気がおかしくなりかけていたのだろう
時でさえ、愚痴めいた弱音すら吐かず、甘えたり、すがったりもしなかった、
いや、それが出来なかった、あの気性なのだ。父親であるが故に知らされず、
麻木は全く知らずにいたことだが、楓の優しい本質を知る者など、彼の周辺に
はほとんどいなかった。古参と思しきスタッフでさえ、九鬼が撮影した写真の
中の楓しか、知らないようなものだった。楓は職場においては用がなければ、
大概、毎年、テーマの代わる本を読んで過し、スタッフでは声も掛け辛いもの
があったらしい。つまり、大多数の者にとって、麻木 楓は冷淡で他人に関心
のない人間であり、恐らく自分の知人が殺されたくらいのことで動揺するはず
がないと思われていた。楓が怯えるなどとは誰一人、想像もしていなかったの
だ。
・・・
 だとしたら、犯人達は何を期待して死体を楓の思い出の場所を選んで捨てた
のか。どこに楓の知人ばかりを選んで殺す必要があったのか。
___奴らは一体、何を期待しているんだ? 
楓のために迷惑な害虫を始末してくれたとも言い切れない。それなら楓が恐怖
を感じるような身近な場所に死体を捨てはしないだろう。結果的に楓にとって
は邪魔な連中を殺しているだけで、やっていることは楓への悪質な嫌がらせに
他ならない。幼い頃の楽しい思い出の場所にだけ、知人の死体を捨てられて、
いい気がするはずがないのだから。
「ねえ、お父さん」
楓の声に麻木は現実に引き戻された。
「パピって、よっぽど、ここが気に入っているんだろうね」
確かにそうだろう。あのまま、麻木と真夜気は食事を進め、食後、のんびりと
コーヒーを飲んでいたのだが、警備員室から楓の帰宅を知らせる連絡が入り、
二人で降りて来た。麻木は帰宅を待っていた楓の元へ行くためであり、真夜気
は猫の捜索のために。そして、楓はやはり、お尋ねの白猫を抱いて出て来た。
そこで真夜気がパピを受け取り、楓も先日のケーキの礼を言い、ごく短い立ち
話をした。それだけだった。二人は案外、ウマが合うのではないか、そう麻木
は読んでいるのだが、当の二人に親しくなる気はないように見えた。
「ねえ」
「何だ?」
「あの猫、ここに何しに来るのかな」
「さぁ、な。ジャングル探検じゃないのか」
楓は父親の冗談など、大して聞いていないふうで考え込んでいる。
「いくら頭が良くても、猫だもの。僕の荷物になんか、興味ないよね」
「荷物?」
「僕のスケッチブック。子供の頃、描いていたじゃない?」
麻木は頷いた。あの絵日記だ。そう言えば、以前、麻木が不用意な言葉で楓を
傷つけてしまった時、楓はそのスケッチを床にぶちまけ、何か捜しているふう
だった。
「あれが、どうかしたのか?」
「スケッチそのものじゃなくて、間に挟んでいた紙切れがなくなったと思って
いたのに、またあったから、おかしいなと思って」
「猫は人の絵なんか見ないだろう」
当たり前のことだ。楓も頷く。だが、彼には釈然としないものがあるらしい。
「でも、この部屋に他人は入れないでしょ。水やりは頼んでいるけど、ここの
人達って僕の物に勝手に触れたりしないもの」
もっともだ。少なくとも、小岩井は楓の本棚からスケッチブックを抜き出して
中身に触れたり、ましてや、内の一枚を失敬したりなどしないだろう。
「おまえが勘違いしているだけなんじゃないのか?」
麻木は考えなしに思いつくまま言ったのだが、楓はちら、と不満そうな表情を
見せた。

 

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