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 知人が殺された上、犯人は逮捕されなかった。結果、六階の住人はすっかり
警察不信に陥った、そう聞いたではないか。しかし、麻木の記憶に寝室で刺殺
された、これだと思うような未解決事件の記憶はない。
「どんな事件だったかな、それは」
真夜気は麻木の顔をじっと見据える。
「記憶にないのも当然だ。死体が発見された、と公表された場所は霊園だから
な。だが、実際は自宅、それも寝室だったんだ」
「なぜ、そんな食い違いが起きるんだ?」
「簡単。発見した家族が体裁を心配してね、自ら運び出して、捨てたんだよ、
霊園に」
「馬鹿な。そんなことがまかり通るはず、ないじゃないか。死体を家族が勝手
に、それも家の外まで運び出すなんて。警察が見れば、すぐにわかることだ。
そんな小細工、通用するわけがない」
「気付かなかったのか、気付かないふりをしたのかは問題じゃない。結果的に
その小細工がまかり通ったから、ミーヤは腹を立てているんじゃないか」
麻木は絶句していた。初動捜査は何より重要なものだ。真夜気の言う通りだと
すれば、事実上、遺族が犯人逮捕を阻んだと同じことではないか。
「いや、待て。そもそも体裁って何だ? なぜ、家族が殺されているのに犯人
逮捕以外に気に掛けることがあるんだ?」
「奴ら、御遺族は犯人は自分達の内に、身内にいるもんだと思い込んで、それ
で死体を外へ運び出したんだ。そうせざるを得なかったんだろうよ。屋敷から
死体が出れば、当然、屋敷内に警察を入れなきゃならないし、真っ先に自分達
家族が疑われる。そしてその家族には皆、やっても仕方ないんじゃないかって
だけの動機があった。家族の誰に殺されても不思議じゃないくらい、そいつは
恨まれている因業爺さんだったってわけだ。並大抵の爺さんじゃないよな」
すこぶる評判の悪い老人。屋敷。霊園で発見された刺殺体。そのキーワードで
麻木の頭が検出出来た答えは一つきりだ。もう七、八年経つだろうか。確かに
悪名高く、しかし、名うての資産家老人が刺殺され、霊園で発見されている。
あれは未解決のままだった。それにしても真夜気は事件の詳細に長けている。
ミーヤと被害者の老人が親しく、それで事件を知っていたにしても詳し過ぎる
のではないか。家族と老人の不仲をミーヤから聞き知っていたとしても、それ
から家族が老人の遺体を運び出したと、奇怪な行動を予測することは困難なの
ではないか? 通常、自分達が殺していないのなら、どんなにやましい動機を
抱えていたにしろ、アリバイを固めるべく口裏合わせのための会議はしても、
遺体に触れるような真似だけはしないものだ。
___普通、素人は濡れ衣を恐れる。死体に触れたら指紋がついて、そいつを
口実に冤罪にされる、それくらいのお粗末な発想をするはずだ。
「詳しいだろ?」
真夜気はニヤニヤと意味深に微笑む。
「何でだ? 誰かから打ち明けられたのか?」
「神父よろしく? いや。あそこは元々、うちの顧客だったからな。わざわざ
聞き出さなくても大抵、わかる。スケスケスケルトンさ」
冗談めかして薄く笑う真夜気を見、麻木は驚愕した。占い師とは客のレベルも
高いが、そんな秘密まで知り得るのかと。
___スケスケって、まさか。見渡せるということか。まさか。だが。
「その力、捜査にも使えるのか?」
思わず麻木は口走っていた。がっついていると言ってもいい。行き詰った捜査
に何らかのきっかけをくれるなら、何に縋っても恥ずかしくなどない。
「連続殺人犯を見付けられるのか、って意味?」
真夜気は淡々としていて、麻木の興奮に影響されていなかった。だからこそ、
麻木は期待を抱いたのだ。
「妹なら、何かを見るだろうね。だが、残念ながらオレにそれだけの力はない
よ。あんたの期待には添えない」
麻木は力なく頷いた。期待した己が愚かなのだ。
「でも」
「でも?」
「楓さんは被害者にはならない。そう決まっていることぐらいはわかる」
 うなだれていた麻木は正直、宣託を聞いた思いがした。慌てて、顔を上げて
みると、真夜気は彼らしくもなく表情の乏しい顔で、どことはない遠くを見て
いる。目前にいるが、麻木など見ていない。いつだったか、田岡を眺めていた
あの不思議な目だと思った。
「犯人は逮捕されないだろう。でも、おじさんは楓さんが無事なら、それ以上
は望まない。不服はないよな」
「本当に楓は助かるのか?」
真夜気は頷いた。
「どうしてわかる? そんな力はないんだろ? そうだ、大体、占いの類で何
で自分の目で見てもいなけりゃ、耳で聞いてもいないものを見聞き出来る?」

 

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