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言われてみれば、奇怪な行為と言えなくもない。暗がりの中、病人の枕元に じっと座り込んで待機しなければならない理由はなかった。こうやって隣室で テレビを見、お茶でも飲んで過せば十分であり、真っ暗な中に息を潜めている 必要はなかったはずだ。楓は重篤な病人ではない。しかし、田岡は元々、麻木 楓のファンだ。その辺りは加味しなくてはならないのではないか。 『念を入れて、番をしていてくれたってだけの話だろう』 そう考えた。 『でも、やっぱり、変だと思ってるんでしょ?』 『おまえは元々、変じゃないか。普段が普段だからな』 そう返されて、田岡は苦笑いした。 『それを言われちゃ、身も蓋もないか』 麻木は湯飲みを口元へ運ぶ。お茶は少々、苦過ぎた。二人はお茶の苦さに顔を しかめ、それから顔を見合わせる。 『濃いとか、苦いの域を超えて、えぐいっすよ、これ』 『飲めないほどじゃないだろう』 『おい。非を認めないタイプだな、おやじさんは』 田岡は文句を言いながら、それでももう一口、口にした。わざわざ自分のため に用意した麻木への気遣いだろう。そうでなければ、こんな出来の悪いお茶を 飲むはずがない。 『どうせ、楓さんのことを考えてて、うっかり急須のことは忘れてこんなこと になったんでしょ』 見ていたように田岡が言う。実際、その通りだった。 『でも、犯人はどうやって誘拐したんでしょうね』 唐突に田岡がそう切り出して来た。彼らしくもなく、自分から仕事の話を持ち 出した。だからこそ、麻木は深く記憶に留めているのだ。 『例えば。青田は仕事先の仲間と別れて一人、帰路に就いた。そこまでは確認 済みだ。だけど、その後、めざしたはずの自宅には辿り着いていない。つまり 帰宅途中に路上で連れ去られたか、合意の上で付いて行ったってことでしょ。 確かにあの帰り道には暗い所が多いし、防犯カメラは少ないし、適当な駐車場 もある』 『車で横付けしていきなり、押し込む。その手かな』 『もう一つは。自ら付いて行った場合。でも、いい大人が知らない人間にホイ ホイと付いて行きますかね』 『女になら、行くかも知れない。犯人達の中に女がいないという決め手もない からな。あいつは、青田は女の出入りが激しかったし』 『まぁ、結果的には。でも、そりゃあ、やけっぱちでしょ? だって、青田が 本当に好きだったのはあっちの、難攻不落の人だから』 田岡は顎先で隣の仏間を指した。そんなことは指摘されるまでもない。麻木が 誰より、良く知っていることだった。麻木の脳裏にふっと青田の遺品となった 小さなアルバムが浮かび上がる。四角い紙の枠の中に押し込められた楓は誰に 向けたものか、ひどく優しそうな顔をしていた。そんな物わかりの良さそうな 穏やかな表情ばかり見つめていたから青田は楓という、生身の人間までも手中 に出来ると考えたのだろうか。青田は自分の両手の中で決して、物言わない楓 を毎日、幾時間、見つめて過して来たのだろう? もし、彼が未だ生きていた なら。青田には楓相手に電話を掛けること、それ以上の行為が出来たのだろう か? 『他の三人なんて、自宅から忽然と消えているんすよ。更に不可解でしょ? 豪田なんて、階下には両親がいたわけだし。その上、あそこはこんなオンボロ 家じゃない。あの二階を例え、十人が隊列組んで歩いたってミシミシ、きしみ もしないだろうけど、犯人と争ったら当然、気付きますよ、物音とか声には』 田岡は麻木の心中など構わずに喋り続ける。 『ありえないっしょ。男が二人、行く、行かないで争って、その下にいる人間 が気付かないなんて。さっき、楓さんが眠ってるの見て、思ったんすけど』 |