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 ふと、疑問が浮かんだ。真夜気は昼間、病院で妹達に付き添って、ここには
いない。小鷺は当然、学校にいる。ならば、日中のミーヤには誰が付いている
のだろう。
「昼間は誰か、代わりが付いているのかね」
「ああ。ええ。島崎さんが一緒だから大丈夫ですよ。夜は彼、店に行っちゃう
んで、それで僕が。それも無理な時は医務室のお医者さんがいてくれますし、
まぁ、真夜気もいますしね」
そう言えば、真夜気が言っていた。その番人が所用でアメリカに行き、ここに
いないから真夜気は心配しているのだった。それも当然だろう。視力が突然、
落ちるような神経性の病を患う人間を一人にするのはためらわれる。
「島崎さんとやらは信用出来る人なんだな」
小鷺は頷いて見せた。
「ええ。何しろ、強いですからね」
「強い?」
「大沢さんと同じ同好会だか、武道場に二、三日いたことがあるらしいんです
けど、あの大沢さんですら一度も勝てなかったらしいから」
麻木は大沢の黒いコート姿を思い返していた。やはり、本格的に修練を積んだ
身体だったらしい。そして、あの身体で一度も勝てなかった相手だとしたら、
島崎は相当なレベルなのだとわかる。真夜気と小鷺の全面的な信用を得ている
くらいなのだ。人格的にも問題ないのだろう。だが、そこまでの猛者が付いて
いるのだとすると、ミーヤは危険な仕事でもしているのだろうか。だとしたら
一時でも、見えないまま、一人になる時間があるのは望ましくないのではない
か。
「なら、留守中は大変だな。真夜気が心配するはずだ」
「留守中?」
小鷺は怪訝そうに聞き直した。
「誰がお留守なんです?」
「その島崎さんとやらだ。アメリカに行っているって真夜気が言っていたぞ」
「アメリカ? あれ、何の用だろう? ミーヤがいるのに何で?」
知らなかったらしく、小鷺は首を傾げた。
「いつまでですか?」
「そんなことまでは知らんよ」
ああ。小鷺は納得したように頷く。それから、いくらか心配そうな顔をした。
「長引かなきゃ、いいけれど」
「あんた、やっぱり、行った方がいいんじゃないのかね? 顔くらい、見たい
だろう?」
麻木が鉄製の柵を顎で差し示すと、小鷺は苦笑いを返して来た。
「真夜気がいるとわかっているのに訪ねたりしませんよ。ちょっと柵だけでも
見ておこうかなと思っただけですから」
そうまでしたいほど好きなのか。麻木はその一途さに半ば感心し、残り半分で
呆れもしている。彼の恋は成就しないのだ。
___見切りは早い方がいいのに。
そう言えば、あの父親はどうしたのだろう? 立ち聞きはやましいことだし、
第一、小鷺氏はしたたかに酔っていた。そんな醜態をいつまでも覚えていては
無礼だ。当然、生涯、触れられる話でもない。どうやらさっぱりと忘れるしか
なさそうだ。
「うちでお茶しませんか? 頂き物のお菓子があるんですよ」
小鷺は人の良さそうな笑顔で、そう誘ってくれる。確かに真夜気が嫌うような
何かを、その何処かに隠し持っているのかも知れないが、彼が良い人間である
ことに違いはないのだろう。
「いや。今日はもう帰るよ」
「そうですか。じゃ、四階まで御一緒しますよ。僕も早々に引き揚げなくては
なりませんからね」
 二人はエレベーターへと歩き始め、だが、背後で立った物音に気を取られ、
すぐに立ち止まることになった。それはあの鉄柵が開けられる重い音だった。
出て来たのは真夜気だった。それに合わせたように、ピッタリのタイミングで
上がって来たエレベーターから小岩井が駆け出て来る。二人共、険しい表情を
していた。
「何だ?」
真夜気は無造作に、そう聞いた。
「下に大久保の分家の長女が来ています」
「追い払え。どうせくだらない用事に決まっているんだから」

 

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