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 麻木はそんな物をわざわざ飾る人間に会ったことがなかったし、それをそう
して飾る物と考えたこともなかった。麻木は飾り棚の中を目を凝らしてみた。
額縁。年代物らしく職人技の彫刻が施された古びた額は何段にも渡って御丁寧
に並べられていて、確かにそれぞれに美しい。だが、どの額の中にも絵などは
一切なく、明らかに額その物が飾られていた。
___初めて見るよ、額縁が飾られているところなんて。
「これは、従兄の趣味かね?」
真夜気は小さく苦笑する。
「素直にミーヤって、呼べばいいのに。あんた、相当、頑固だね。まぁ、そう
だね。ミーヤの趣味だよ。でも。案外、綺麗なもんだろ、額って奴もさ」
真夜気も麻木の脇に立ち、見慣れているだろうに同様に棚を覗き込んだ。
「変わったコレクションだと思うんだろ。ミーヤはあれで若干、人とは着眼点
が違うらしいんだ。良い子なんだけどね」
自分の方が年下だろうに、真夜気はミーヤを子供のように評した。
「でも、これくらい、我が家の基準では可愛いの一言レベルなんだよ。オレの
イカレた親父なんて、その昔はホルマリン漬け、集めていたんだぜ。あれだけ
熱心に気持ちの悪い普通、嫌な物ばかりコレクションしていたくせに、ミーヤ
にたったの一言、臭いって言われて、すっぱり辞めたんだからな」
「趣味なんて、他人に迷惑を掛けなきゃ、何でもいいのさ」
「ま、そうだな。うちは奇人変人揃いではあるけれど、積極性がないからな。
どいつもこいつも実は大して悪いことはしない」
「だったら、それでいいじゃないか。これくらいは個性の範疇だろう。自分の
好きな物を選んで買って、並べる。立派な消費者活動じゃないか。社会の役に
立っているくらいだ」
「どうも」
真夜気ははにかんだ笑みを見せた。ミーヤと父親、いっそ風変わりな一族その
ものを肯定されたと受け取ったのかも知れない。
 実際、麻木は真夜気には悪いものを感じたことがなかった。真夜気が楓の顎
を掴んだ時でさえ、正視したのだ。自分でも理解出来ていなかったことだが、
確かに楓が言った通り、あの日、初対面だった真夜気が楓に危害を加えるとは
思わなかったのだろう。あの時、自分が一体、何を根拠に知りもしない人間、
真夜気を信用出来ると踏み、真夜気の何を信じて静観したものなのか、未だに
わからないまま。それは楓の見る夢や感じる勘と同じようなものなのだろうか
? 決して、そうとは思いたくない。しかし、今更、否めることでもないのも
また、事実だった。
___オレだって、所詮、結果は勘頼みなのかも知れない。だが、こんな調子
でオレはいざって言う時、本当に楓の役に立てるんだろうか? 自分のことで
さえ、具体的には何もわからないのに? 
真夜気は麻木の考え事など構わずに親切そうな、人の良さげな笑顔で誘う。
「それじゃ、おじさん。ミーヤのキッチンへ、どうぞ」
 誘われるまま、真夜気の後を追い、辿り着いた別世界。そこはまさに別世界
だった。
「随分、広いんだな」
麻木が感嘆する程、ミーヤのキッチンは広く、大層な設備だった。家庭のそれ
と言うよりはむしろ、厨房と呼ぶべき代物。麻木の自宅の二間続きの六畳間、
つまり十二畳相当は十二分にある。その広さとプロ使用とおぼしき銀色の調理
機器達。圧巻だ。ミーヤはよほどの料理好きか、その必要がある仕事に就いて
いるのだろう。
「凄いだろう? ミーヤは親族一、料理上手なんだ。二十人分だって、パッと
作れるんだぜ。頼めば、何だって作ってくれるんだから」
真夜気の自慢口調が可愛らしくもある。
「目が見えない時はさすがに作れないから、残念なんだけどね」
彼は心底、残念に、寂しく思っているらしい。変わり者ばかりの家族と入院中
の妹達。真夜気の身近な顔ぶれを思うと、まともな手料理を食べながら安らぐ
場所があるとすれば、当然、ここだけだろう。ミーヤの手料理を食べ、真夜気
はようやく背負った苦労から解放されるのだ。そんな唯一の楽しみが有ったり
なかったりでは不憫だと思えた。
「だが。目っていうのは見えたり、見えなかったりするものなのかね」
「ああ。目そのものじゃなくて、精神の方から来ている症状だから。ストレス
が強過ぎるんだよ、ミーヤの場合」
ミーヤのせいじゃないけど。そんな呟きの後、真夜気は話題を切り替えたいと
思いついたのだろうか。故意と思えるような大きな音を立てて、真夜気は冷蔵
庫の扉を開けた。その中に、庫内に目が引き寄せられて、麻木もミーヤの病状
に触れることはあっさり諦めた。ミーヤの冷蔵庫はまさにパラダイスへ向かう
チケット状態だったのだ。美しく、ありとあらゆる食材が詰め込まれたそこは
無言の内にその持ち主が和洋中、何でも用意出来ると誇っているようだ。
「何がいい?」

 

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