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 麻木は用心深く聞き返してみた。とても真夜気がまめに料理をこなすように
は見えなかったからだ。
「あんた、何でもって、そんなに色々、作れるのかね?」
「いーや」
悪びれた様子もなく、真夜気はあっさりと得意ではないと認めた。
「だったら」
「大丈夫だよ。パスタの類なら出来る。ミーヤに教えてもらったから茹で方は
完璧。第一、ソースはミーヤがオレ用に作り置きしてくれているからね。絶対
に美味いよ。解凍するだけなんだから」
真夜気は実際、それしか作れず、いっそ、それが食べたかったらしい。麻木の
返事を待たず、さっさと大鍋を取り出し、その中に水を注ぎ込む。何かを茹で
ようとしていることは明白だったが、麻木は不服は感じなかった。彼は彼なり
に精一杯もてなそうと努めてくれている。それが例え、自分の空腹を満たす、
ついでの好意であったとしても、ありがたいことだと思えた。
 真夜気は湯を沸かし始めると空いた手でコーヒを温め、それからスツールを
持ち出して来て、麻木に勧めてくれた。
「一緒に飲もうぜ」
嗅いだだけで以前、小鷺の部屋で飲んだコーヒーだと思い付く。丹念に手間を
掛け、注がれたそれはやはり、ありがたい代物だった。
「美味いな」
肩から我知らずこもっていた力が抜けて行くのを麻木は実感している。確かに
ここは居心地がいい。
「良い所だな、ここは」
「うん。オレ、ここでコーヒー飲みながらミーヤのすること、眺めているのが
一番好き。幸せだなぁって思うんだ」
真夜気は顔に似合わない可愛らしいことを言う。オールステンレスのキッチン
で湯気が立ちこめる中、真夜気はミーヤの作業を眺めつつ、完成を待ちながら
幸せを噛み締めるらしい。鼻が温かな香りを楽しみ、目が良い具合に煮え立つ
鍋を鑑賞し、肌がキッチンの温度に安心する。そんな中で信頼出来るミーヤに
話を聞いてもらえば、真夜気の一日分の心労も解消され、癒されるのだろう。
羨ましいセラピーだ。麻木はそう嘆息していた。それならば、真夜気が小鷺を
毛嫌いするのはただ、その幸せを横取りされたくないからなのかも知れない。
麻木とて、もし、自分がそんな幸せに浴せるものなら当然、独占したいと思う
だろう。菓子を一切れ、他人に分け与えるのなら、大した苦ではない。そんな
物はいくらでも売っているのだ。また明日、同じ物を買って食い足せばいい。
だが、幸福な時間に代わりなどない。一切れ分とて他人に割いてやりたくない
と思うのは当然の欲求なのではないか? 
___オレなら、絶対、お裾分けなんて立派なこと、出来ない。
むしろ真夜気はミーヤのためによく我慢している。麻木にはそうまで思えた。
しかし。小鷺が昔、ミーヤのために起こしたという、一年留年するほどの事件
とは一体、何だったのだろう? 小鷺が何をしたのかはわからない。しかし、
それを借りだと思うがために真夜気は我慢しているのだ。ミーヤのためなら、
自分だって同じことをした。そう出来た。そんな自負が真夜気にはあるのかも
知れない。それだけは小鷺と共感出来るからこそ、真夜気は小鷺の存在を我慢
しているのではないか?
 その真夜気は今度は冷凍庫のドアを開けた。麻木は何の気なしに見ていて、
ふと楓の部屋の冷蔵庫を思い出した。大きさこそ、まるで違うが、その中身は
よく似ている。二つの冷蔵庫の整頓ぶりは同レベルの神経質さを示していると
思えた。持ち主達の性格も似ているのではないかと思われる程に。もしかする
と、二人は似ているのではないか? 楓は執拗な変質者に煩わされ、今は幻を
見るほど、神経を病んでいる。ミーヤはストレスがかかりすぎて視力さえ失う
ことがあると聞く。それはもしかすると、二人の似た気性に因るものなのでは
ないか? ならば、ミーヤは楓の気性を強めたような性質なのではないだろう
か? 第一、この業務用冷凍冷蔵庫の方が桁違いに内容量が多く、これだけの
物を管理出来るのは相当に頭が良いからに他ならない。
___馬鹿じゃ、三日分だって使い切れずに腐らせる。
真夜気は麻木の空想とは関係なしに冷凍庫から小さな密閉容器を二つ、選んで
取り出した。
「つかぬことを聞くが」
「何?」
「あんたの従兄は楓に似ているかね?」
「ルックス?」
「顔も、だが」
「うん」
すんなりと真夜気は頷く。彼は次に冷蔵庫のドアを開け、野菜を物色し始めた
ようだ。
「よく似ているよ。もちろん、区別が付かないってほどじゃないけどね」

 

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