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 考えてみるまでもない。こんなに本格的な厨房があるのだ、当然、相応しい
御立派なダイニングルームもあるだろう。それはきっと、麻木では足がすくむ
ような代物に違いなかった。
「オレは狭い方が落ち着く」
麻木が洩らした本音に真夜気は笑い顔になる。
「それはいい。正常な感覚だよ。ああ、狭い所と言えば、オレ、昔、子供の頃
だけど、妙に押し入れってものに入ってみたかったんだ」
「押し入れ?」
「そう。あのゴチャゴチャといろんな物が詰まった暗闇っていうのに不思議と
そそられてさ」
「入ってみればよかったじゃないか」
何の気なしにそう言って、ふと麻木は思い出す。真夜気の自宅は同居の父親と
めったに出会さないほどのお屋敷だ。それは大概、洋館なのではないかと思い
当たった。
「我が家には畳がないんだよね。だからテレビで押し入れを見て、世の中には
あんなものがあるのかって驚いてさ。それで無性に入ってみたくなったんだ」
密かに絶句する。真夜気はどんな家に生まれ、育ったのだろう。特別なレベル
の占いとは一体、何を占うのか。その高い報酬から察するに、どう考えても、
小娘が喜ぶ恋愛や結婚がどうかなどとは全く違う別世界を占い、その見立ては
的確無比に違いなかった。その結果、彼ら一族は途方もない報酬を得て、広大
な屋敷に住んでいるのだろう。そうだとしたら。もしかしたら、犯罪者に目星
を付けることも出来るのではないか。
___占いで?
麻木は我に返り、猛省しなければならなかった。占いで犯罪捜査が出来るはず
はない。所詮、当たる、外れるの域から脱却出来るわけがない。それに占いを
本業としていたのは妹達だ。真夜気は医者で、名前以外は当たり前の青年だ。
捜査の役には立たない。 
「ねぇ、おじさん」
「ああ」
「おじさんは我が子が可愛いんだよね」
真夜気は唐突にそう言った。
「そりゃあ、な」
「ふぅん、じゃ、楓さんは幸せなんだな」
彼の口ぶりには羨ましさも混じっているようだ。確かに変わり者の巣窟で育つ
よりは平凡な暮らしは気楽で、幸せだろう。だが、楓の日常は幸せなだけでも
なかったはずだ。
「そうとばかりも言い切れんさ」
真夜気の気苦労も大したものだが、楓とて気を病むほどのストレスに苛まれて
来た。疲れを癒してくれるミーヤのような存在がないどころか、無理解な父親
の心配までさせられる楓の方が哀れと取れなくもない。
「だが。何で、そんなことを聞くんだ?」
「名前が変わっていると、人生も変わったものになるって昨日かな、テレビで
やっていたんだよ。くだらないとは思うけど。そう言えば、我が家は皆、名前
も変わっているなと思って。オレは真夜気だし、妹達はアケビとコダマだぜ。
ありふれた名前って言ったら、彩子くらいだもん。それじゃ、名前のせいって
いうのも有りなのかなって、ちょっと考えちゃってさ」
「それはまた。随分と変わった名前だな。普通は付けないだろうな、確かに。
それじゃ、ミーヤの本名も相当、変わったものなんだろうな」
真夜気はそれにははっきりとしない表情で頷いた。
「ああ。あれはちょっと意味合いが違うけどね。意味が深過ぎて、爺さんしか
呼んじゃいけないんだ」
麻木には真夜気の言う意味が全くわからなかったが、聞き直す間はなかった。
唐突に真夜気がさも不思議そうに辺りを見回し、聞いたのだ。
「パピは? あいつ、どこ、行ったんだろ?」
「どうせ、楓の部屋だろう」
麻木は真夜気が食事を中断し、猫を捜しに行きかねない気配を察して、早口に
言った。せっかく久しぶりにくつろいでいるのだ、猫のために席を立ちたくは
なかった。
「食べてから捜しに行けば十分だ。どうせ、外には出られないんだし、居場所
はわかっているようなものだから」
「そうだな」
真夜気は納得したらしく、パクリと元気にブロッコリーに食いついた。

 

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