麻木の勝手な打算でしかないことだが、それでも天涯孤独よりはずっといい。 何しろ、楓はこの世に一人、自分だけが取り残されはすまいかと、そればかり を恐れ、異常なまでに不安に思っているのだ。それを思えば、やはり、肉親は 必要だと思えた。未来の嫁や子より、実質的な知恵がある方が尚良い。 「まぁ、上がれ。お茶と言っても、番茶くらいのものしかないが」 「恐れ入ります」 馬鹿丁寧な挨拶を返し、廉は上がり込んで来た。 「この頃、楓ちゃんはどうですか?」 「別に変わりはないが」 「そうですか。それは良かった」 「会って聞けばいいだろうが」 「実はあれっきり会っていなくて。忙しいらしいし、それどころじゃないって 感じなんでしょう」 それもそうだ。引退間際のくせに他人の世話に追われているのだ。麻木は廉の ために飲みたくもない茶を用意しながら、そう言えば、廉には何の聴取もして いないと思い出す。廉は楓の従兄であり、その上、事務所の以前の顧問弁護士 だった。端から捜査の対象に入らなかったのだ。だが、考えてみるまでもなく 彼は四人の、いや、もしかすると“五人”の被害者全てと面識を持つ。顧問を 辞めた時期を見ても、豪田とはどうかと思うくらいで、他の連中とは見知った 間柄だったはずだ。ましてや、事務所社長の今井とは懇意にしていた。これは 盲点だったかも知れない。そう考えた。それに。廉がどこまで楓を知っている のか、試してみてもいいのではないか。兄夫婦が麻木が知らなかった楓の子供 じみた食の好き嫌いを知っていたように、このいけ好かない男もまた楓のこと を麻木以上に知っているやも知れない。いや、歳が近く一緒に遊んでいた相手 だ、親世代の誰よりも深く知っているのではないか。楓の人生の方向を決めて しまった張本人なのだから。こいつのせいで歌手になるなんて、言い出したん だ。そんな今更の恨み言に麻木が気を取られた隙に廉が口を開いた。 「そう言えば。楓ちゃんは相変わらず、ここの庭の手入れに帰って来ているん ですか?」 廉は庭先を眺めながら、そう尋ねる。今日と言う一日も半分以上が過ぎ、未だ 春めいては来ない日差しが、それでも庭中に降り注いでいる。楓はこんな庭が きっと好きなのだろう。 「ああ。庭にしか興味がないらしい。早く結婚してくれればいいのに」 「未だ三十六ですよ。慌てることはない」 そうだろうな。麻木は腹の中で毒づく。廉は四十で独身だ。この男も何のため に独身でいるのか、麻木にはわかりかねた。 ___見合いの口には困らないはずなのに。 廉は先のわからない仕事をする楓より、はるかに見合いに困らない仕事をして いるのだ。それに既婚であることを信用と見なされる職でもあるのではないか ? 「別に今すぐ結婚してくれなくてもいいんだ。良い人がいるなら、いると紹介 してくれれば、オレだって安心出来るじゃないか」 「いないんですか、そういう人」 廉は熱気のない目で麻木を見た。彼に心当たりはないのだろうか。 「いないね。未だ嘗て、そういう人はいなかったし、今もいないらしい。興味 がないんだろうか、結婚ってシステムに」 廉は麻木のセリフが多少、意外だとでも言うように首を傾げて、話し始めた。 「随分、昔のことだけど。仲良く連れ立って歩いているの、見掛けましたよ。 もう時効だろうから喋ってもいいのかな。叔父さんは楓ちゃんのお父さんなん だし、構いませんよね。雑誌とか、メディアじゃないんだから」 多少の勿体をつけた後、廉は遠くを見るように目を細めた。 「僕が見た時、楓ちゃんは猫っぽい、ショートカットの女性と一緒でしたね。 あれは年上だったな。すらっとして、なかなか綺麗な人だった」 間北 恵留だ。麻木はそう思った。彼女の猫のような大きな、上がり気味の目 とショートカットの髪型。猫に似ている、それが麻木の第一印象だったのだ。 廉の感想とピタリと符合している。間北 恵留だ。そう思った。 「いつ頃の話だ?」 「卒業して、歌手になる前。デビューはしていなかった頃だから、随分と昔の 話ですね。でも、凄く仲が良さそうだったから、はっきり覚えているんです。 正直、ビックリしましたしね、そんな仲良しデートだなんて、想像したことも なかったから。マキ、麻木君って呼び合っていたな。先輩、後輩って感じで」 マキ? 麻木は首を傾げた。おかしい。楓は間北 恵留を先輩と呼んでいた。 間北なのだから愛称がマキでも、おかしくはない。だが、恵留という変わった 名前が嫌で、間北本人が先輩としか呼ばせなかったと楓が言ったのだ。いくら 疲れ果て、幻を見る状態でも、楓が嘘を吐くとは思えないし、そんな嘘を吐く 理由もないだろう。だったら、どういうことだ? なぜ、食い違う? |