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 廉は。彼は本当は叔父の顔をもっと長く見つめ、よく考え、その上で答えた
かったのではないか。彼は麻木の薄い表情の中から何かを探し出そうと一瞬、
努めたように見えた。しかし、麻木の目の方にも強く猜疑心が浮かんでいると
気付いたのか、すぐに返答しなければならなかったようだ。
「その人、マキさんは失踪したらしいんです。さすがに詳しいことは聞けなく
て、そのままになっているんで、本当のところはわかりません。でも。大抵、
そういうのって、亡くなっているものなんでしょう、警察的に」
失踪。
 麻木は間北 恵留の鋭い目を思い返す。彼女は楓より、はるかに気の強そう
な目をしていた。その彼女が失踪するような、そんな軟な気性の持ち主だった
のだろうか? いや、どんな困難に遭遇しようとも、彼女なら怯みはしない。
麻木がそう信じられるほど、芯の強そうな目をしていた。それに、楓は間北は
アメリカに行ったと言ったのだ。死んだとは言っていない。何より、楓が間北
の失踪を知らなかったとは思い難い。失踪となれば、一大事だ。とうに別れて
いたとしても。もし、愛娘が行方不明となり、彼女の行方を知りたいと願えば
当然、彼女の両親は真っ先に恋人だった楓に心当たりを尋ねるだろう。望みの
答えを得られるまで諦めることはない。結果、楓が何も知らずにいられるはず
もなかった。
「叔父さん、マキさんって人には心当たりがあるんですか?」
廉がそろりとそう尋ねる。
「ああ。一人だけ、楓に紹介されたことがあって、な。その人だと思うんだ。
ショートカットで、猫のような顔をした人だろ。年上の」
廉は二度、三度頷いた。
「その人ですね、間違いなく」
「だが、楓は彼女はアメリカに行ったと言った。失踪だなんて、初耳だ」
「きっと、叔父さんに心配を掛けたくなかったんでしょう。優しい子だから」
「そうだろうな」
釈然としないまま、麻木は頷く。きっと、このまま廉と長く話し合ってみても
真実は出て来ない。彼は間北 恵留の名前すら知らないのだ。しかし。
___楓が呼び名なんて、どうでもいいことでオレに嘘を吐くかな。
マキと愛称で呼んでいたのなら、そう教えてくれてもいいはずだ。麻木はどう
しても納得出来ないまま、冷めた茶を飲み干した。
 楓は嘘は吐いていない。作り話をするほど、彼の神経は傷んでいない。その
事実が麻木にはどうしようもなく重く感じられていた。

 時間が空いた。そう伝えて来た楓を迎えるために麻木は彼のマンションへと
立ち寄った。そこの玄関先では真夜気がああでもない、こうでもないと一人、
大騒ぎをしていた。業者らしき作業着姿の男達と言い合っているようだ。
「もう、いい。結構だ。他にして。ここじゃ、話にならない」
業を煮やした真夜気はさっさと匙を投げてしまったようだ。長引く話し合いは
彼の性に合わないのだろう。小岩井は諦め良く、すんなりと頷いた。
「では、そう致します」
賢明とも言える、慣れた対処法だ。言い出したら聞かないのだろう。付き合い
の浅い麻木とて、そう思う。
___オレだって、そうするだろうし、な。もし、楓が言い出したんなら。
素通りしてもよかったのだが、真夜気が自ら歩み寄って来た。
「よっ、おじさん」
業者には立腹していたものの、とうに切り替えは済んだのか、麻木に対しては
愛想が良かった。
「一緒に御飯食べようよ」
「今日は息子を迎えに来ただけだ」
「だったら、楓さんも一緒に行けばいいじゃないか」
行くと言うのだから、真夜気は当然、外食する気なのだろう。だが、さすがに
麻木はそんな気になれなかった。今、どこかで今井は殺されようとしているの
かも知れないし、犯人達がその要らなくなった身体を捨てに出掛けるところな
のかも知れない。そんな時に外食するほどの図太い神経は持ち合わせていない
し、もう今井には何もしてやれないのだ。せめて、最後まで無事を祈っていて
やりたいと思う。
「悪いが、また今度にしてくれ。それより、何の騒ぎだ?」
「ああ、エレベーター、本格的に修理しようと思ってね」

 

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