「ところで、一度、聞いてみたかったんだが」 「何?」 「何でわざわざ、あんなふうに楓を撮るんだ? あんな感じの方が受けるのか ?」 「ああ、あれ。あれね。あれは楓の所望だよ。戦略の一環ならしいね」 「楓の? 戦略?」 「そう、戦略。あーゆう感じの方が人の記憶には残らないんだそうだ。随分と 変わった発想をするからな、あいつは。ああ。そんなこと、父親が一番、良く 知っているか」 九鬼はニヤついている。麻木がたじろぐのを楽しんでいるようだ。 「お利口さんの考えることはわからないよな。記憶に残らない歌手になりたい んだってよ、おたくのふうちゃんは」 通常は。記録を残し、皆の記憶に残りたいと願うものなのではないだろうか。 麻木はずっと、そんなものだろうと思っていた。 「オレだって、ありのままの楓を撮る気はしないしね」 「どういう意味だ?」 「ありのままの、素の楓こそ、売り物になるって考える馬鹿なスタッフもいた けど、次第に消えて行ったよ。ま、あいつの事務所内のことはどうでもいい。 撮影する側、一カメラマンとして言わせてもらえばね、のめり込めないんだよ ね、素のあいつには。幻想性ってものが皆無だからな。仕方ないと言えばそれ までだけど。だって、オレ達は幼稚園の頃から知っている仲だ。生まれ育った 家。部屋の中どころか、本棚の中身まで知っていて。片方は遺影だけど、両親 の顔も職業も知っている奴に夢なんか、抱けるはずがないだろ? あいつには つまり、ドラマ性がないんだ。昼間の空井戸みたいなもんで、わざわざ覗いて みる意味がない。見たらやっぱりね、ガッカリ。それがオチだ」 「素性を知らなけりゃ、どんな夢でも抱けるものなのかねぇ」 皮肉のつもりで放った言葉に九鬼は頷いた。 「そう。オレ達、カメラマンは隠された真実が欲しいんだ。暴き出したいから こそ、ファインダーを覗く。ようやく影が見えて、掴まえられそうで、でも、 決して、触れられもしない、そんな真実にそそられるのって、必然だろう? 性だよ、プロとしても、男としても、な」 麻木はスタジオKに長居しなかった。九鬼から直接、得たものは何もない。 ただ、楓が九鬼に好かれていたわけではなかったことが、楓にとっては幸運の ように思えていた。 ___あんな男に好かれていたら、あの能天気な四人とはレベルの違う恐怖に 苛まれかねなかった。 カメラのレンズを通すことで九鬼の執着は倍加されそうだ。その執着が楓には 全く向けられていないと知っただけでも、収穫と取らねばならないのだろう。 麻木は一つ、息を吐いた。その気休め一つで、三日は無事に過ごせそうだと 思う。真夜気の宣託めいた予言のおかげで少しは気楽になっている。しかし、 所詮、気休めだと知ってもいた。何しろ、犯人達は一人残らず、元気にそこら 辺を歩き回っているのだ。確実な安全であるはずがなかった。逮捕が困難なら ばせめて、どこかで交通事故にでも遭って、頭数の一つや二つくらい減らして くれはしないものかと本気で願う始末だった。 楓が引退するまで残り二週間を切った。しかし、表舞台から引っ込んだから と言って、楓の命の保証が厚くなるわけでも、何でもない。例え、麻木が一日 中、隣にいたとしても楓が無事でいられるという意味にはなり得ない。だが、 不特定多数の、姿も見えない犯人に怯えて暮らすよりはまだましだろう。目の 前に現れた不審者にだけ気を配ればいい。そう思うと、例え僅かでも気は楽に なった。だが、それでも抜本的な解決を図ることを麻木は諦められなかった。 三月三十一日。期せずして自分が退職するその日。それまでに新たな被害者を 出さずにいられるのか、否か。本当にこんな老いた自分に楓を守れるものなの か。麻木はため息を吐いて、頭を抱えた。 ___本当に手掛かりはないのか。 物証はない。遺留品はあるものの、犯人に繋がる糸は見つかっていない。犯人 は結局、どうでもいい物しか残していないのだ。さんざんなことを繰り返して いるくせに、捕まるつもりは毛頭ないらしい。図々しい。麻木は腹の中でそう 毒突いた。 |