しかし、そう吐き捨ててやるべき相手はここにはいない。犯人は一体、どこに いるのか。もし、本当に奴らが楓の身近にいるのなら。当然、父親である麻木 には何事か、知り得る機会があったはずだ。だが、幾ら考えてみても、麻木に は一切の心当たりがない。ならば、せめて誰かを疑ってみたいと思うのだが、 それらしい対象者すら見当たらなかった。 ___それに。少なくとも、楓が信用している人間は犯人じゃないだろうから な。 「社長がいないって」 電話のため、外していた楓が戻って来るなり、唐突にそう切り出した。先刻、 この古い家に帰っていた楓の元に電話が入った。麻木は別に気にせずに肌寒い 縁側で庭先を眺めていた。今井のことなぞ、すっかり忘れていた。 「いないって? 今井が、か?」 「昨日から家にも、会社にも戻っていないって、事務所から言って来たんだ。 心当たりはないかって」 楓は狼狽はしていない。どちらかと言えば、のほほんとして見える日常の調子 に見えなくもない。 「警察には連絡したそうだよ」 「そうか」 今井。ほとんど失念していたに近いが、彼もまた楓に固執していた一人なので はないか。麻木は我が子のことで頭が一杯で、楓以外の被害者が出ることなど 想定していなかった。警察の末端に従事する身としてはぬかっていると言える だろう。もっと気を配っていてやれば、良かった。一言、自身も狙われる立場 なのだと忠告していてやれば、良かった。後悔の念が沸かないわけではない。 だが、後悔以上に曲がりなりにも平穏に暮らしている内に薄れてしまっていた 恐怖をまざまざと思い出す。彼らは未だ、全員が健在なのだ。 「案外、どこかでのびているのかも知れないぞ。何せ、酒乱だそうだからな。 よく自販機にもたれかかって寝ているらしいから」 麻木は無表情な楓の心中が量れないまま、それでもせめて、自分が思い出して しまった恐怖を紛らわせようと努めてみる。この緊張が楓に伝わっては困る。 それに大体、彼らの犯行と決まったわけではない。実際、十分後にひょっこり 帰って来るかも知れない。そう思い、願いながら、しかし、麻木は否定的でも あった。いや、確信していたと言ってもいい。殺人鬼達は五番目の獲物を手に 入れたのだ。きっと今井は未だ生きている。安物の粘着テープで口を塞がれ、 両手足を縛られて、犯人の手元にいるに違いなかった。明日か、明後日、彼が どちらかの方法で殺されるのは目に見えている。溺死か、それともショック死 か。死後、亡骸を壊滅状態にまで損壊されるのか、それとも嬲り殺しにされる のか、二つに一つだ。不憫だと思うが、犯人の目星すら付かない今、彼を救出 する術はない。だが。もしかすると、これは絶好のチャンスなのではないか。 犯人達が死体を捨てるところを待ち伏せすることは出来まいか。これまで奴ら は楓の思い出の場所を選び、そこに死体を捨てている。幼い頃に遊んだ公園、 学び舎。五番目があるとするならどこを選ぶだろう、麻木は思いを巡らすのに 夢中で、そこにいる楓の視線には気付いていなかった。ややあって、ようやく 我に返り、麻木は心臓が凍りつくような寒気を覚えた。それほどまでに楓の目 は冷たかったのだ。 「お父さんって、言うことと思っていることが違うね」 「何を言っているんだ?」 「今井の無事なんか、想像もしないんだ。何で、初めから死体で見つかるって 決めてかかるの? 死体が捨てられる時が待ち遠しいんだ、警察の人って」 麻木は黙っていた。全て、見透かされているのだ。何を言い訳出来るだろう。 目の前にある楓の顔。誰に似たのか知らないが、綺麗な顔だ。そしてその裏側 にある頭脳とやらはきっと、麻木には生涯、想像も出来ない仕事をして行くの だろう。図抜けて賢い楓には他人の思考が見て取れるのだろうか。そんなこと は超常現象に親しんで育ったアニメ世代の田岡か、それを地で行きそうな真夜 気に相談してみなければわからない。しかし、実際、楓は父親の心中を見て、 怒ったに違いなかった。 |