麻木は一人で出掛ける楓が気になって、のこのこと玄関先までついて出た。 「一緒に行かなくていいのか」 「何言ってんの? 仕事だし、すぐそこだし。それに案外」 そう言って、楓は薄く笑った。 「社長も来ていたりしてね」 本気で言ったものなのか、それとも気休めなのか、麻木には判断つかないが、 それが楓の望みならば、麻木も一緒にそう願うしかなかった。 「そうだな。子供じゃあるまいし、逐一、行き先を報告しないし。第一、男に は一人になりたい時があるからな」 楓は穏やかな笑みを返すと、そのまま出て行った。取り残された恰好の麻木は 植木だらけのリビングで居心地の悪い思いを続けている。植物達の中では麻木 一人がいかにも門外漢という気がするからだ。楓が戻るまで彼のつまらなそう な蔵書でも借りて読んでいようかと迷っていると、下から助け船のような連絡 が入った。小岩井だ。彼らは今、小岩井の五番目の孫娘の誕生を祝って、軽い 茶会を催しているのだと言う。それに参加しないかという誘いだった。勿怪の 幸いと言うものだ。麻木は快く承諾した。何しろ、いくら暇でも、とても読む 気になれない本ばかりが楓の本棚には並んでいるのだ。 呼ばれるまま降りてみると、警備員達の休憩室はにぎやかで、職務を怠って いるようにも見えた。見たことのある顔は全て揃い、部外者である麻木の方が 心配になるほど、はしゃいでいる。皆、浮かれていて、大概の警備員がビール や何かの入ったグラスを手にしている有様だ。これで六階に一人住むミーヤの 警備が務まるのか。しばし考えて、思いつくこと。ならば、島崎という完璧な 番人が帰国したのだろうか。 「六階の人はいいのかね?」 麻木が思い切って尋ねてみると、ごく簡単な答えが返された。 「ミーヤ様はお留守ですから」 あっけらかんとした若い警備員の表情を見るとつまり、彼らにとってはミーヤ さえ、他所で無事なら、ここに仕事はないに等しい、らしい。つまり、残りの 住人はついでなのか。麻木は呆気に取られながら勧められた席に着く。小岩井 は上機嫌でケーキを食べたり、愛想を振りまいたりと忙しくしている。彼らは ケータリングを頼んだようだ。それらしい洒落た容器に入った料理やケーキを 皿に取っては配る警備員の一人が麻木にも一皿、用意してくれた。 「どうぞ」 「ありがとう」 ふと、麻木はテーブルの端に置かれた持ち帰り用らしい白い箱に目を留めた。 そこには小さく、見覚えのある文字が並んでいる。麻木が読めなかった店名、 辞書と絵本とアドレス帳だ。真夜気の行きつけの店だから、か。そう言えば、 と思い出す。あの店の主人夫妻は真夜気にミーヤ様によろしくと言っていた。 あんな呼び方をするのだ。彼らもこの警備員達と同類、同郷なのだろう。そう でもなければ、三十を過ぎた一人前の男にミーヤなどという可愛らしい愛称は 使えないし、使わないものだ。 ___それにしても。 麻木は小さく嘆息する。身内意識の強い連中だ。こんなことでまで身内の店を 愛顧し、売り上げに貢献する腹らしい。小岩井がニコニコと笑顔で歩み寄って 来た。彼は幸せそうだった。 「何て名前にしたのかね?」 「彩花と名付けました。彩子様から一字、頂いて。可愛らしいし、綺麗な名前 でしょう?」 「立派過ぎて、名前負けしそうでしょう?」 隣で仲間が冷やかすが、小岩井は負けていない。 「何の。彩子様の一万分の一、あやかることが出来たら御の字だ。クラス一の 美人になるのは間違いない」 茶化していた仲間はしたり顔で頷いた。 「それがいい。クラス一くらいの美人が一番いい。あんまり美人じゃ、心配で 心配で祖父さんが早死にしちまう。何せ、今時、物騒だからなぁ。学校にやる だけでもう、毎日毎日、心配で心臓が張り裂けそうだよ」 「本当だよ。分相応な、ちょっと可愛いくらいが一番いい」 |